(8)

 

 胸の小さな突起に唇を寄せると、覆い被さる由貴の下で夏彦の華奢な身体が撓った。それを軽く押し戻してさらに舌で上から強くなぞる。潰されて形を変えた乳首が由貴の愛撫に抵抗するようにまた少し固さを増した。
 少しずつ強弱を付けて滑らかな肌にキスをする。由貴の手が夏彦の下着の前を乱すと、夏彦はくぐもった声を洩らしてさらに腰を浮かせた。
「どうしたらいい? ……どうするのがいい?」
 馴れないことを聞く自分に由貴の頬がカアッと火照る。今まで誰かを抱く時に、こんなふうに聞いたことは一度も無い。
 夏彦が溜め息と共に返事をする。
「由貴がしたいこと、全部して……」
 言いながら夏彦の指も由貴を探して中心を彷徨う。すぐに見つけて、掌で包み込むように由貴のペニスを軽く握る。ゆっくり揉み込むように刺激されると、それはすぐに反応してまた痛いほど力を持ち始める。
 口づけながら性急にお互いの着ている物を剥がした。早く直に触れ合いたい気持ちは同じだ。これで由貴と夏彦を隔てる物は何も無い。
 もう一度由貴に夏彦の指が触れた。形を確かめるように掌が上下に動く。時々止まって指で摘む。試すような恐る恐るの動きがやがて意志を持ったそれに変わる。掌を広く使って擦り上げながら、指先で根元の膨らんだ部分を繰り返し撫でる。上手いなと思った途端、我慢していた快感が一気に膨らんだ。
「う、んっ……」
 由貴が思わず声を漏らすと、夏彦は本当に嬉しそうな笑顔を見せた。
「由貴のそういう顔、めっちゃ色っぽいな。ココがズキズキする……」
 喘ぐような声でそう言うと、夏彦は由貴の手を取ってココと言った場所にゆっくりと導いた。由貴の顔が一瞬強張る。
 手が触れた場所は分かりやすい欲望の奥にあった。そこはまだ固く窄まっていて、指で軽く触れたぐらいでは到底開きそうにない。男同士のセックスでどこをどうするのか頭では分かっていても、由貴は本能的に怯んだ。
「ゴメン、……嫌やった?」
 夏彦の表情が僅かに曇る。
「違う。そうやなくて、」
 そんな仕草まで、胸を締め付けるほど綺麗だと思う。それをどうしても夏彦に伝えたかった。
「こんなトコ無茶していいんかなって思ったら、……怖い。ホントに気持ちイイのか、よう分からんし……」
 夏彦が声を上げて笑う。初めて聴く夏彦の屈託のない明るい笑い声はひどく心地よく、思ったよりずっと高い旋律だ。涙を零すんじゃないかと、ヒヤリとした。夏彦がではなく、由貴自身がだ。
「お前が自分で確かめてぇや。俺がどんな顔するか、どんな声で泣くか、全部見て、確かめて…………」




 由貴が上から被さって両手で夏彦の膝を大きく開く。真上から体を入れて固定する。
「やっ…」
 恥ずかしさからか思わず膝を閉じようとするのを遮って、由貴は夏彦のペニスを見つめた。
 それは不思議な色をしていた。ピンクとも、肌色ともいえない曖昧な柔らかい色彩。そして似つかわしくないほど固く天を向いている。
「やめ…っ、そんなに……」
 夏彦が切羽詰まったように首を振る。声が潤んで震える。由貴の肩を掴んで責めるように揺すりはじめた。
 と、突然ペニスの先端にプクっと滴が膨らんで筋を伝って流れ落ちた。由貴は思わず顔を近づけて先の割れ目に舌を這わせると、あとから絶え間なく溢れてくる先走りごと舐めた。
「あぁ、んっ…」
 堪らなくなって、夏彦が腰を捩る。由貴が膝を押さえていた手を離して、優しく内腿を撫でてやる。舌先を尖らせて先端を突つくと、それはビクビクと震えてさらに跳ね上がった。
 夏彦は由貴の愛撫のひとつひとつに反応して大きく身を捩っては、堪えきれないような声を洩らす。その声がさらに由貴の欲情を追い上げる。
 由貴の腕の中で夏彦は確実に『開き』始めている。
 奪い尽くしてしまいたい。自分の与える快感に身悶えて、激しく泣き声を上げる夏彦の姿を見てみたい。それは恐ろしく官能的な誘惑だ。
 大事なものに触れるように恭しく両手で夏彦を包むと、由貴は唇にキスするように顔を傾けて先端を口に含んだ。
 舌を尖らせてくびれの部分を数回なぞる。割れ目に舌を挿し込むように舐めてやると、夏彦は無意識に腰を突き出してゆるゆると振る。
 ふと思い付いて夏彦の表情を探ろうと顔を上げて……目が合った。
 夏彦は遠くを見るように目を細めて由貴を見下ろしていた。
 長い睫毛に縁取られた色素の薄い瞳を快感に潤ませながら、何度も瞬きを繰り返す。ときおり空気を求めるように薄く唇を開いて、ピンクの舌先を覗かせた。
「ん……っ、ふぅ…っん………………」
 由貴の愛撫に素直に反応して、夏彦の唇の隙間から甘い喘ぎが絶え間なく洩れる。まるで由貴に意味のある言葉を話しかけているように、視線は由貴に合わせたままだ。もう一度口に含んで奥の粘膜で刺激すると、苦しげに眉を寄せて懇願するように由貴を見つめ返してきた。
 夏彦の唇が何かの言葉を形作る。よく分からなくて目で促すと、今度は小さく声に出して ダ、メ…… と囁く。
「ん………?」
「ゆきっ…………」
「…なに……?」
 含んだままなので、上手く声が出ない。声というより湿った音だ。夏彦を咥えたまま喋るのはかなり間抜けに思えて、由貴は耳が熱くなるのを自覚した。
 顔に纏わり付いてくる火照りを振り払うように、固く口を窄めて先端を強く吸い上げる。
「―――――っ!」
 声にならない声を上げて、夏彦がいきなり暴れ出した。驚いて由貴の唇が離れる。ほとんど同時に、目の前を何かが掠めて、ペニスを支えていた掌に熱いものが滴った。独特の匂いが鼻をつく。
 そうか、夏彦が射精したのか……。一瞬遅れてようやく事情を飲み込む。
「ゆ・き…………」
 夏彦は放心したように、それでもうっすら目を開けて由貴の名前を呼ぶ。それは上手く言葉にならなくて、奇妙な音になった。…ひどく扇情的な光景だ。
 由貴は体を屈めて夏彦を引き寄せると、出来るだけ優しく唇を夏彦の唇に重ねた。応えるように夏彦が舌を差し込んで絡め合わせる。
 唇が甘い。そんなはずのない、ただの錯覚。それでも確かに重ねた唇は甘く溶けるような熱を帯びている。
「大丈夫か?」
「…やない……、由貴が…」
「…なに」
 夏彦はただ首を振るだけで何も答えない。由貴はもう一度聞き返した。
「俺が…、なに?」
「……由貴に、してもらったら俺、おかしなりそう……………」
 辛うじてそれだけ言うと、夏彦は震えながら由貴の首筋に顔を埋めた。
 ようやく由貴にも事情が飲み込めた。と同時に、笑いが込み上げた。全く慣れているのか、オクテなのかさっぱりわからない。
「なんや、自分が先にしたくせに」
「…ん、スゲェ嬉しかった……。あの時由貴は俺に全部くれたんやね」
 そう言った夏彦の声は少し震えていた。
 由貴の胸が小さな音を立てる。痛くない、痛み…。切ないとも悲しいとも違う…瞳の奥がじんわり熱くなるような、甘酸っぱい感覚。か細い叫び声のような胸の痛みは、あっという間にお互いの熱っぽい身体に吸い込まれていく。
「じゃあ、俺にもくれる? あんたの全部、……全部やなくていいから」
「ウン……、由貴が欲しい分だけ、全部なっ……」
 それは嘘だ。言う方も応える方も両方嘘をついている。分かっていて口にする言葉は、思い合う気持ちが正直に届く分だけ悲しい。
 由貴は夏彦の細い身体を包み込むように両腕でしっかり抱きしめた。夏彦が首にしがみついたまま、それでも素直に体を預けて力を抜く。
 横抱きにする格好で由貴があやすように鼻先を擦り合わせると、夏彦は目を細めてほんの少し笑った。



「んっ、…ぅん………っ、あ……」
 由貴の腹の上に跨って、夏彦は意味のない言葉を洩らしながら身を捩った。浅く沈めては戸惑うようにまた腰を引く。道具の助けを借りて後孔は十分潤っているのに決心がつかなくてためらう様子は、少し痛々しい。
 覆い被さってキスを繰り返していると、夏彦が乗り上げる仕種を見せたので素直にそうさせた。
 本当は夏彦を体の下に組み敷いて思うままに貪りたかったけれど、自分から受け入れようとする夏彦の気持ちが由貴には嬉しかった。


 夏彦は膝立ちで由貴の上に跨ると、左手で由貴自身を支えながら少しずつ腰を沈めた。早く欲しいと心は焦れるのに、慣れない体勢がそれをなかなか許してくれない。
 由貴の先端が後孔に触れるたびにその圧倒的な質量に体が強張る。それでも逸る心に勝てなくて、息を詰めて全体重を掛けて一気に腰を落とした。
 ズルッと飲み込む感触。続いて押し広げながら侵入する、拭い切れない異物感。自分の内壁が入り込んでくるものを押し出そうと抵抗するのがわかる。それを無視してさらに腰を沈めた。
「無理なら、ええから。無茶すんな」
「んんっ、大丈夫……」
 俺は大丈夫……慣れているから。言えない言葉がまたひとつ積もる。
 波打つシーツに両手を付いて辛うじて体を支えながら、ゆっくりと体を上下に動かしてみる。2度、3度。どこかにあるはずの発火点を探して、ただ自分の中に出入りする由貴を感じることだけに集中する。
 由貴が腰を浮かせて下から軽く突く。その動きに合わせて夏彦は一気に由貴を奥深くまで咥えこんだ。
 由貴が夏彦の腰を支えて持ち上げる。引きずられるように繋がった部分が擦れて、頭から爪先まで同じテンションの疼きが走り抜ける。 
 ギリギリまで引き上げて、手を放す。
 奥の壁に由貴の固くいきり立ったものが突き刺さる。
 ズンっといきなり快感が来た。
「はっ! ああっ……!」
 また引き上げられて落とされた。内襞を擦られる感覚に爪先まで痺れが走る。身体中を走る神経という神経に、熱い液体を注がれるような。
 由貴の助けなしに今度は自分から腰を引き上げた。腕を一杯に伸ばして体を支えると、抜けないように慎重に限界を探り当てて、沈めた。次は浅く、何度も何度も出入りさせる。
 由貴が侵している部分が灼けるようにヒリついた。小刻みに息を吐きながら緩急を付けて自分の体を揺する。
 由貴の唇から熱を帯びたため息が洩れた。
「いいか…?」
 夏彦が切れ切れの息の中からようやくそれだけ口にする。
「いいか? ゆき……俺、の、気持ち良いっ……?」
「いいよ。あんたのなか、…熱い……」
 上擦った声と同時に、由貴がまた夏彦の腰を両手で支えて、内側を探るように掻き回す。
「…動いて」
 夏彦が言われるままにまた体を起こす。由貴の顔の両側に手をついて性急に腰を振った。
 腰を上下させるたびお互いの顔が触れるほど近づいて、また離れる。
 夏彦が下腹に手を伸ばして、由貴を飲み込んでいる辺りを確かめるように上から何度もさする。そこに感じる由貴の存在が、夏彦をより高い頂点へと押し上げて行く。
「あんたも良くなってきた…?」
「うんっ…」
 夏彦の動きに合わせて、由貴が下から掬うように突き上げる。
「ああんっ! ん…んっ!」
 夏彦がいきなり狂ったように声を上げはじめた。
「…ここ? …イイとこ…」
「わ、わ…かん、な…っ」
 哀願するように必死で首を振る。由貴の顔が綻んだ。
「大丈夫…。俺が分かったし………」
 ここだろ、というふうに同じ所を何度も下から穿つ。圧倒的な快感に震えながら、夏彦が強く由貴を締め付ける。
「アホ……。そんなにしたら、保たへん……」
 由貴の声は夏彦にはもう聞こえていない。
「ぁ……っ、ゆき、…ゆき…っ」
 由貴の与える律動に押し出されるように喘ぎが洩れる。何度も訪れる波のうねりに夏彦の瞳の焦点が緩み始めた。
「も……う、」
 終わりが近づいてる。
 虚ろに見開いた目に涙が浮かんで、一筋が頬に零れる。

 辛い。
 体が辛くて心が辛くて、早く楽になりたかった。解放されないカラダが恥ずかしげもなく悲鳴を上げる。
 このまま気を失ってしまえたらいいのに。
 そうすればこの終わりのない来ない快楽も、言い切れなくて溜まってゆく言葉も、全部キレイに流されてくれるかもしれない。
 次に目を開けた時には違う自分になっているかも知れない。
 あとから溢れて止まらない涙に、夏彦は叶うはずのない願いを込めた。
 由貴はゆっくり体を起こすと、押し寄せる快感に眉を顰めて、それでも優しく夏彦の腕を自分の首に巻き付けた。それからしっかりその背中を抱きしめる。少しの間動きを止めて、夏彦の頬を伝う滴を舌で掬う。
「しょっぱ……」
 目を閉じたまま少しだけ笑う。
 由貴の上で夏彦が小さく身動ぐ。自分の動きにすら息を飲むほど全身が痺れる。高く鋭い叫びが漏れた。
「終わりにして…、もう…あかん……っ」
 必死で首を振る。
 由貴がまた動き出す。繋がったまま腕の中の体をシーツに横たえると、探るように夏彦の中を掻き回し始める……夏彦と自分を高みへと導くために。 
 突かれるたびに声が上がる。頂点に向かって押し上げられてゆくのがはっきり分かる。感情の高ぶりがそれを増幅して際限なく上り詰めていく。
 それはきっと由貴の温度のせいだ。触れ合う素肌から直に感じる由貴の体温はとても暖かい。
 体温。
 由貴にあって、京吾に無いもの。
 それは由貴の激しい欲求と相まって、夏彦の目からまた別の涙を溢れさせる。
 熱いのは由貴だけじゃない。
 この熱さを由貴は憶えていてくれるだろうか。
 それはきっと自分が由貴と共有できる全てだ。
「……辛いんなら、」
 次第に荒く乱れ始める息の下で由貴が囁く。
「全部手放して、さっさと楽になっちまえ……」
 何を、と問いかけるより早く、込み上げる射精感に意識が緩んだ。
「ゆき……っ、あっ!」
 その瞬間はいきなり来た。
 急に視界が狭くなって、暗いな思ったらいきなり弾けた。
「あ・ああ……っ」
 待ち望んだ極みに声が迸って、夏彦の全身がぶるぶる震える。一気に緊張が解けて体が軽くなって行く。
 低く呻いて由貴が夏彦の首筋に顔を埋める。息を詰めて体を固くして……それから数回痙攣した。断続的に注ぎ込まれる熱く湿った感覚。それは紛れもなく由貴の情熱だ。
 辛い。苦しい。それ以上に熱い。
 白濁していく意識の隅で、夏彦は指先まで溶かしていくような由貴の熱さをいつまでもいつまでも追い続けた。
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