OPERA 2




 手のひらに吸い付く肌は驚くほど柔らかかった。女のようかといわれれば全然違う。華奢な体型だが筋肉もあるべきところに付いているし、意外とがっしりしているといってもいいかも知れない。
 それでも触れ合う肌の感触はびっくりするほど肌触りが良かった。くっきりと窪んだ鎖骨に歯を立てたら難なく食いちぎれてしまいそうだ。
 さすがにそうはせず、和義は舌でその窪みをなぞった。
 青年の部屋は店の三階にあった。縺れるようにキスしながら狭い階段を上って部屋に入ると、ドアも閉めずにベッドにもつれ込んだ。
 シーツから組み敷いた青年と同じ香りが立ち上る。香水かと思ったが違うかも知れない。もっと動物的な、野性の獣の匂いだ。
 乱暴な仕草で髪に手を入れながら角度を変えて口づける。ふと、名前を呼びたくなった。
「名前」
「……う、ん……?」
 話が出来るよう唇を解放して首筋に移動する。耳の裏に舌を差し込むと体の下でブルッと震えた。 
「名前くらい教えろよ」
「ああ……恭一っていう、っ!」
 最後まで言い終わらないまま鋭く息を飲む。あっけないくらい、感じるところが分かり易い。反応のいいところを執拗に責め立てると堪えきれない声が漏れた。
「キョウイチ……」
 今知った名前を機械的に繰り返す。呼ばれたと思ったのか恭一は小さく返事をした。
「悪い。呼んだワケじゃない……」
 こんな状況で律儀に返事をする恭一が何とも幼く見えて、和義は思わず謝った。謝罪のつもりでさっき歓んだ胸の突起にもう一度唇を寄せた。
 恭一がヒッと息を吸い込んで和義の頭を軽く抱き寄せる。それから大事なことを言い出した。
「シャワーとか、いいのかよ……?」
「ああ、」
 そういえばすっかり忘れていた。
「どうする? 風呂入りてぇ?」
「ゴムあるけど……」
 そういう問題じゃないだろ、とわざわざ言うのが馬鹿らしくなって、和義はいきなり起き上がると恭一の体を抱え上げてバスルームに向かった。
 ウエイト差があるとはいえ同じくらいの身長の男を抱えて運ぶのはかなり無理があるが、部屋中一目で見渡せる何にも置いてないワンルーム、わずか数メートルの距離ならやってやれないことはない。
 驚いたことに恭一は抵抗しなかった。
 大人しく和義の首に腕を沿わせて身動ぎ一つせずにじっとしている。バスルームのドアの前で立ち止まると自分から腕をほどいて床に足を下ろした。
 ドアを開けて中に入り、湯の栓を勢いよく開く。
 そういう仕草は手慣れていて余裕すら感じる。火が点く手前でいったん切られて日常事に引き戻されても全然動じる風もない、むしろ仕事でもしているみたいな淡々とした印象を受けた。
 バスルームは男の一人暮らしとは思えないほどきちんと掃除されていて、しかもかなり広かった。
 恭一が振り返って腕を伸ばした。風呂、とだけ短く言うと和義の手首を掴んでバスルームに引っ張り込んだ。
 蹲ってジーンズを脱がせ始める。そこまで来て気が付いた。
 流れ作業なのだ、こういうことは。セックスの前の煩雑な決まり事のひとつ。服を脱ぐ。体を洗う。面倒くさいことはさっさと済ませて次に進む。ただ、それだけ。
 急に背中がそそけ立った。
『抱き合うことにしか興味がない』
 機械的にセックスするための状況を作っていく恭一は無言でそう言っていた。
 その他のたとえば駆け引きを楽しむとか、盛り上がる雰囲気を作るとか、そういうことに一切関心が無いようだった。
(どうでもいいから早くしろってことかよ……)
 ぼんやり考えている間にジーンズが引き下ろされた。膝の下に絡まるジーンズを足下に寄せて和義の足を持ち上げる。まるでネジで動くからくり人形のようなぎこちない動作。
 両足とも脱がせ終わると、興味なさそうにドアの向こうに無造作に放り投げた。



 全裸になった恭一が待ちきれないように和義の首に腕を絡ませた。大きく顔を仰け反らせてキスを求める。形の良い唇が薄く開いて舌が覗いた。
 角度を変えて何度も口づけながら、和義はシャワーヘッドを手にとって湯気を立てて蛇口からあふれ出す湯をシャワーに切り替えた。
 勢いよく飛び出した湯を恭一の背中にまんべんなく掛ける。首に縋りついたままの恭一が少し肩を震わせた。
 背中のラインに沿って手のひらで軽く擦ると腰を突きだして身を捩った。
 手近にあった石鹸を泡立てて全身を洗ってやる。首から肩胛骨、背骨に沿って下へと手を降ろして行く。
「……んっ、」
 双丘に手が触れると恭一が声を漏らした。次への期待に息を飲む。その奥に指が触れるのを待っている。
 その期待を裏切らずに和義はそのまま指を進めた。石鹸で潤された和義の中指を恭一のアナルは難なく飲み込んだ。ゆっくりと内部を探るように抜き差しする。
「はぁ……あ」
 恭一の声が熱を帯びる。もっと深く受け入れようと無意識に腰を揺らす。腹の間でお互いのペニスが擦れ合って一気に快感を高めてゆく。
 和義は恭一から少し体を離すと、二本の猛ったモノを片手でまとめてゆっくりと擦った。少しずつピッチを上げながら後孔に含ませる指を二本に増やした。
「ああ……っ」
 恭一はまったく声を殺そうとしない。
 ヌルつく感触は石鹸のせいか、それとも別のもののせいなのかよく分からない。ただ恭一の声の調子がどんどん極まっていくのが分かって、さすがに握り込む手を緩めた。
「んっ」
 いきなりのトーンダウンに恭一が不満そうに声を漏らす。和義の表情が笑顔のようなものを形取った。
「こんなトコで達きたいかよ……?」
 面白がっている顔だ。突き放すような、人の悪い笑み。
「どこでもいいだろ、場所なんて……」
 恭一は明らかに気分を損ねたようで、形の良い眉を寄せてわざとらしい溜息をついてから、頭からシャワーを被って纏わり付いた石鹸のベールを自分で洗い流した。


 
 体を洗い終わると恭一はバスルームの外に散らばった洋服には目もくれず、さっさとベッドへ向かった。髪の毛から滴が垂れて床に点々と染みを作る。洗いたての体に何も身につけていないのにそれを気にする様子もない。
「おい、こら待て」
 和義は慌てて恭一のあとを追ってバスルームを出た。あのままではベッドがびしょ濡れになる。すんでの所で捕まえてバスタオルで抱きかかえる。乱暴に髪の毛をバスタオル包んで掻き回した。
 恭一は抵抗しなかった。触れられることは嫌いではないらしい。和義が頭のてっぺんから爪先まで拭いてやるのをクスクス笑いながら見下ろしている。
 さっき損ねた機嫌は和義の行為ですっかり直ったらしい。和義の髪に手を入れてゆっくり梳き上げながら嬉しそうに囁いた。
「スゲー、気持ちイイ……。もっと触って」
「呑気な奴だな」
「もしかしてアンタ、ペットとか好き?」
 子供のような心地よい声で笑う。俺はペットにされる方がイイ、と言ってから顔を反らせてまた笑った。
 和義が体を拭く動作に少しずつ愛撫を混ぜ始める。バスタオルを床に落として抱きしめると恭一は首に腕を回して口づけてきた。
 まるで恋人の真似のような、錯覚しそうに穏やかなキス。恭一の唇から満足気な溜息が洩れた。
 和義は恭一の首筋に顔め埋ながらゆっくり体重を掛けた。引き寄せるように何度もくちづけながらベッドに体を沈める。恭一が視線を探してのぞき込む。答えるように耳朶を甘噛みしてやると子供のような囁きがあっというまに熱を帯びた溜息に替わった。
 和義が覆い被さると、恭一は自分から足を広げて和義の腰に絡ませた。
 触れ合った下半身からじわりと快感が立ち上る。指が侵入する感覚がフラッシュバックして、腰から下が脈打ち始める。そうなるともう一瞬も我慢できなくなる。
 ぽっかりと口を開けた空洞を埋めて欲しくて、それを和義に伝えようと腰を捩る。また敏感な部分が擦れ合って声が漏れた。
「っ、早く、しろよ……っ」
「そんなにがっつくな」
「欲しくてたまんないんだ、我慢できねぇよ……!」
 こんな風にあからさまにねだることなど何でもない。それで自分の望む快楽が与えられるならどんなことでも口にした。
 自分の腰を持ち上げて和義の腰に強く押し付ける。ペニスが触れ合うだけで先走りが溢れて止まらない。
「……ったく、」
 和義が呆れ顔で溜息をついた。
「もう少しいい子にしてろ」
 和義が恭一の体を抱え込んだ。動けないように体重を掛けて腰を動かす。何度も棒を擦り合わせて恭一の熱をどんどん引き上げる。
「やぁっ……! あっ」
 動けないことがまた熱を煽る。焦れったい刺激に気が狂いそうになる。固く目を瞑ったまま、イキたい、イカせてと譫言のように繰り返した。
 和義が手を伸ばして恭一のペニスに触れた。親指で先端を割りながら撫でるように手のひらを上下させる。手触りを楽しむように窪みの部分を指で丁寧になぞってから、握り込んで強く擦った。
「んっ……ふぅ」
 恭一の体が固く強張る。強引な愛撫に抵抗するように息を詰めた。それを無視して、和義の手は確実に恭一を限界に追いつめていく。
「あっ……あっ……!」
 あっけないくらいすぐに陥落して、恭一は和義の手の中に飛沫を散らした。開放感に体が勝手に痙攣する。体の中心から放射状に広がる、痺れるような快感を必死で追った。
「満足したかよ……?」
 笑みを含んだ和義の声に、恭一は薄く目を開けて視線を動かした。整わない息の下、馬鹿にしたような表情で和義の瞳を捕らえた。
「ふざけんな、まだ足りねぇよ。突っ込まれなきゃ感じねぇって、言っただろ……?」
 快感のために濃く色付いた唇が見とれるほど綺麗に引き上がる。瞬間、恭一の体内から薔薇の香りを思わせる架空の芳香が立ち上る。

 快楽を与えるまで逃がさない。
 記憶が飛ぶほどの刺激が欲しい。
 声が嗄れるまで愉悦の悲鳴を撒き散らして、死んだように眠りたい。

 その壮絶な欲望はまともな男なら一瞬で萎えてしまいそうなほど研ぎ澄まされて、自分を抱く男に向けられる。
 和義が低い笑い声を漏らした。
「正気じゃねぇよ、お前……」
 恭一は笑い出しそうになった。
 正気じゃない? そんなこと初めから知ってるだろ?
「来いよ…………」
 和義の目の前で足を大きく広げて、自分の精液で鈍く光るモノを晒す。指を湿らせてその奥に触れた。飲み込むものを欲しがって開閉を繰り返す淫らな蕾。探るように指を進めて苦しげに顔を顰めた。
「ここに、」
 不意に涙が零れて、頬を一筋伝い落ちる。
「全部埋めろよ、オマエの……。もっと、死ぬほど満足させろ…………」
 語尾は掠れて、和義の唇に飲み込まれた。



 リミッターの存在しない体は哀れなほど貪欲だった。
 何度も何度も登り詰めては、やるせない情熱を撒き散らす。体は痺れて腕を動かすのも辛いはずなのに、それでもまだ欲しがって恭一はまともに出ない声を嗄らして和義の背中を掻き抱いた。
 もう思考はまともに働いていない。ただ突き上げられるたびに感じる、恐怖にも似た快感だけを夢中で追った。
「ああっ、ああっ……っ! ああっ」
 自分の声が遠くに聞こえる。泣いているかも知れない、とぼんやり思った。内壁を擦られるたびに内臓から声が押し出されて、思考も身体もめちゃくちゃに犯されていく。

 終わりにしたいと思った。
 辛い。
 抱き合うことがこんなに辛いなんて。
 求めても与えられても満たされることのない情熱が体の奥から溢れ出す。
 あの人に抱かれるときはいつもこんな風に辛かった。
 辛くて、幸せで、このまま死んでしまえたらと……いつも思っていた。
 だから、そう言った。あのときも。


「殺してくれよ……、このまま、死んでしまいたい…………」


「気色悪いこと、言ってンじゃねぇよ……」
 強い力で抱きしめられて息が詰まった。吐き出すように咳き込んで、恭一はうっすらと目を開けた。
 突き放すような言葉とは裏腹に、抱きしめてくる腕は暖かい。
 優しく揺すられて安心して、強張った体の力をそっと抜く。
 ひとつになってしまいそうなほど近くにある瞳に焦点が合った。
「ナマエ……」
「ン……?」
「名前、呼びたい……。教えてくれよ…………」
 目の前の瞳が笑った気がした。
「カズ、でいい。……呼んでみて」
「カズ……」
「もっと、呼んで」
「……カ、ズっ、」
 呼ぶたびに胸が痛んだ。カラダの痛みとは違う、もっと奥底の何かが引きずり出されるような痛み。
「カズ……、カズっ……カ……」
 喉が痛んで声が続かない。あとは奇妙な空気の音になった。
 優しい優しい声が体の奥に響く。
「オマエの声、すごく、イイ…………」
「あ……っ、んっ」
 繋がったまま体を返されて後ろから深く侵入された。腫れ上がったように熱を持つ入り口が、新たな刺激に反応して鋭利な快感を爪先まで運ぶ。
 体はすでに限界を超えていて、絶頂を迎えても枯れていた。
 それでもこの胸の痛みを終わらせたくなくて、恭一はシーツに顔を埋めて熔けて流れ出しそうな体を必死に支えた。



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