ACT.2 きみがいる夏
Ep.08 瀬田斎の場合
あっという間に夏が来た。
珱と知り合って3ヵ月、あいつが兄貴の店で働きながらバンドを始めて2ヵ月半。特に大きな問題もなく、日々は過ぎていった。
そう、あれから三ヶ月も経ったっていうのに、俺と珱の間には見事なくらいなーんにも起こってない。
14年間生きてきて、こんなに情けない思いをしたのは初めてだ。
ほぼヒトメボレに近い状態で珱に惚れちゃってから、俺は毎日兄貴の店に顔を出した。なぜってそりゃ、珱に会いたい一心で、だ。
アイツはたいてい毎日店に顔を出して、週に3回ほどバンドの練習に参加してる。俺はいそいそとスタジオにまで押しかけて練習に付き合ったりして、ホント、まめまめしいったらない。
珱は相変わらず無口で無愛想で、俺がどこに現れてもてんで関心がなさそうだ。目が合うと会釈したり、たまに気が向くと俺を一瞥して片手を上げたり、それだけ。それでもめげずに練習が終わった後ラーメン食いに誘ったりすると、たまに…6回に一回くらい…付き合ってくれたりした。
珱の生活は謎だった。
店は夜からだから昼間は時間があるだろうと思いきや、実はそうでもないらしい。何か別のバイトでもしてんのか、と聞いたら
「……別に。なんもしてへん。寝てるだけ」
なんて、どうにもやる気のない答えが返ってきた。
俺達は今、練習前のスタジオにいる。俺は夏休みに入ったのでヒマでヒマで、早めにスタジオに来たんだけど、なぜか珱もいつもより早めにやってきた。時間が早すぎるせいでまだ誰も来ていなくて、スタジオのオヤジもどっかへ出掛けちまっている。なんて呑気なトコだよ…と思いながら、実は珱と初めて二人っきりになったことにちょっぴり感謝したりもしていた。
俺達はロビーのソファに並んで座った。
もちろん俺の意図的な行動だけど、珱は気にも留めてないみたいだ。俺はとにかく珱と会話するべく努力を払うことにした。
「何にもって…おまえ、それってなんかオヤジくさくねぇ?」
珱は馬鹿にしたように口の端を少し歪めた。
「じゃあ、おまえはなにしてんねん? 昼間っからナンパでもしてんのか」
「しねーよ、んなこと。こう見えても俺まだ、義…」
言いかけて、慌てて言葉を飲み込んだ。
あぶねぇ、あぶねぇ。俺が義務教育の年齢だってことは絶対誰にもバレないように、兄貴にきつくいわれてるんだっけ。当然だ。いくら身内だからって中坊を出入りさせてるライブハウスなんて、バレたらいろんな所に目をつけられてややこしい話になっちまう。
「こう見えても、ナニ?」
珱が面白そうに目を輝かせた。珍しく俺に興味を示しているみたいだ。
……う、嬉しい……。今までシカトされっぱなしだったもんなー。
俺はこのチャンスを逃したくない一心で、必死で考えを巡らせた。
あ”ーっ! 焦って言葉が出てこねぇ。なんか言わなきゃ、なんか…
「こう見えても、俺……」
思わず叫んだ。
「ドーテーなんだっっ」
シ──────ン。
馬鹿なことを言ったという自覚が出たのは、一、二と数を数えられるくらいあとからだった。沈黙が辺りを包む。黙ったままの珱の視線が痛い。間抜けだ。あまりに間抜けすぎる。ああ、なんかもう俺って……。
泣きたい気持ちで恐る恐る目を上げると、珱は別に笑うでもなく馬鹿にするでもなく、俺を見ていた。
「フーン……」
フーン、てナニ、フーンって! その先はっ!?
食って掛かろうと思った瞬間、
「悪いねー、留守番してもらっちゃって」
ガチャッと扉の開く音がして、スタジオのオヤジが帰ってきた。俺は大きく吸った息を止めたまんま固まった。
……ったく、こンのくそ親父! ナイスなタイミングで帰ってきやがって!!
ギリギリと歯噛みしてみても遅かった。そのうちバンドの連中が口々に挨拶しながら入ってきて、珱はソファから腰を上げた。
こうなったら俺に出来ることといえば、黙って珱の練習が終わるのを待つことだけだ。珱が俺の前を横切って、スタジオの扉へと向かう。その背中を見ながら、じゃ、また後で、と声を掛けようと口を開いた瞬間、珱がいきなり振り向いた。
「おまえって、可愛いな」
俺は一瞬意識を失って、それからソファに倒れこんだ。
やっぱ、こいつって悪魔かもしんない……。
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