ACT.1  独白

Ep.04  瀬田斎の場合

「斎、いつき!」
 後ろから声を掛けられて俺は立ち止まった。学校の塀に沿って角を曲がる寸前。校門まではあともう少しだ。振り返ると1コ上の先輩が手を振っているのが見えた。
「ちわッス」
「久しぶりだな、元気にしてんのか?」
「元気も元気、有り余ってるっすよ!」
 クラスの委員かなんかで一緒になって、仲良くなった先輩だった。何回か一緒に遊んだことがある。
「ベンキョーしたかぁ? 今日のテスト、どうよ」
「そりゃ、俺の台詞でしょ。先輩は受験生なんすから」
「ヤなこと言うね、お前」
 先輩は大袈裟に顔をしかめて見せた。でもそれは『受験生』っていう一般的な呼称に合わせてるだけに過ぎない。
 俺達の通う学校はエスカレーター式のいわゆるお坊ちゃん学校で、ようするに小学校に上がるときに『お受験』という奴をクリアして入学した口だ。あるレベル以上の学校に行く気が無ければ、たいがいの生徒は自動的に上に上がる。だから高校受験というものにあまり危機感がないのだ。
 先輩もおそらくエスカレーター組だろう。顔にそう書いてある。
「昼休み、うちのクラスまで来いよ。前に貸してやるって言ってたCD、机の中に置きっぱなしなんだ」
「あ、ラッキー。行きます行きます。3-Aでしたっけ?」
「ソッコー来いよ? 俺、今日用事あるから」
「余裕っすねー」
「バッカ、そんなんじゃ……」
 先輩が不意に口を噤んだ。先輩はぴたりと足を止めて、生徒達がぞろぞろと消えていく校門の向こうをじっと見ていた。
「どうしたんすか?」
「……アイツ、やっぱ来やがったかよ」
「え?」
 俺もつられて先輩の視線の先を追った。
 いつもと変わらない朝の風景。他の生徒より頭ひとつ分ヒョロリと背の高い男子生徒が校門の陰に消えるのが、チラッと見えた。
「何かあります?」
 どう見ても先輩の様子は変だ。恐る恐るもう一度声を掛けた。
「……誰かいたんすか?」
「俺のクラスにさ、むかつく奴がいるんだよな」
「はぁ」
「二年の時に転校して来た奴なんだけど、何か俺達をバカにしてるっつーか、口も利きやがらねえの」
「へぇ……、二年になってからうちに転校なんて、アッタマ良いんすねー!」
 さっきも言ったとおりうちはエスカレータ式の私立校で、生徒の絶対数は初等部から高等部まで入学当時と殆ど変わらない。初等部の時点で生徒数をかなり絞り込むので、よほどのことがない限り転校、特に編入は認められないからだ。
 ただ、やっぱり退学したり家の理由で転出する生徒が毎年一人か二人いて、そういう欠員ができた時だけ、例外的に編入試験が行われる。
 実際に受けたことがないのでホントのところは分からないけど、噂では編入試験が悪夢のように難しいらしい。つまり転校生というのはかなり頭の良い奴なのだ。
 俺が思ったことを正直に言うと、先輩は顔に複雑な表情を浮かべて俺を見た。何か言わなきゃと思ったから、俺は心に浮かんだ言葉をそのまま続けた。
「アッタマいいヤツってすげーなーと思うけど、くやしいつうか、なんでおまえそんなややこしい公式とか全部頭入ってるわけ。他に覚えることないのとか思っちゃいますよ。俺なんか好きなバンドのライブスケジュール覚えるだけで、もういっぱいいっぱいだもん。ベンキョーの入る余地ないっす」
「おまえそれもどうよ」
 先輩が思わず吹き出す。顔つきがさっきよりもうんとやわらかくなった。
「まあ、とんでもなく頭がいいって言えば、そうなんだろうな。学校にほとんど来ねぇのにテストの時だけは絶対来て、上位15位に必ず入って来やがる。不気味つうか、おまえ何者って感じ?」
「学校に来ない?」
「……登校拒否ってやつ、だろ」
 それだけ言うと、先輩は早足で玄関に向かって歩き出した。俺も慌てて後を追いかける。先輩はソイツの話をするのが本気で嫌なんだろう。そのあとそいつのコトには一言も触れなかった。だから俺も、それ以上突っ込んで訊くのをやめた。
 下駄箱の前で先輩と別れて二年の教室に向かう途中も、俺は何となくさっき先輩が話していた生徒のことを考えていた。
 凶悪に頭の良い登校拒否児、ねぇ…………。


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