ACT.4  snow drop

Ep.20  窪塚珱の場合

 口に出せない気持ちが溢れて、思いっ切り斎の上着を引っ張った。で、つまるところ斎は、かわいそうなくらいあっけなく地面に転がった。やっぱり俺は短気だ。思いついたら即行動っていうか。
 違うな。俺がこんな風に無茶するのはオマエだけ。無茶しても怒っても愛してもらっても、怖くないのは…………
 おそらく何が起こったのか分からないまま地面に張り付く斎の顔を、上から乗り上げるようにまじまじと覗き込んだ。
 ハハ、ごめん。びっくりしたよな? いきなり俺がジャケットを引っ張ったりしたから、バランス崩して自転車ごと倒れたんだよ、お前。さすがに運動神経発達してるよ。下敷きになってねぇもん。って、先に飛び退いた俺の言う台詞じゃないか。
「立てるか?」
「うん…………」
「アタマ、打ってへんか? 気分は?」
「大丈夫。受け身できたから」
 立派だわ。尊敬するよ、マジで。
 手を差し出して斎が体を起こすのを手伝ってやる。斎の右手は砂やら埃やらでまっくろになってて、親指のすぐ下が擦りむけていた。
「こっち」
 しっかり立ち上がったことを確かめてから、斎の腕を引っ張って、公園の門をくぐる。10メートルほど歩いた先の水飲み場で、手についた泥を丁寧に洗い落とした。泥は落ちたけれど、擦りむいた傷口にまた血が滲んできた。そりゃそうだよな、ケガしたばっかだし。
 ……舐めたら消毒になるって、ホントかな…………?
 大人しくされるがままの斎の手を引き寄せて、傷口を舐めてみた。しょっぱい、けど血の味はしないな。
「…………珱」
「なに?」
 顔を上げて睨みつける。別に睨んでいるつもりじゃなくても、人から見たらそう見えるってこと、嫌というほど知ってる。でも斎に関しては心配ない。
 斎はちょっと困った顔をして、それから
「くすぐったい、んですけど…………」
 やっぱり困ったように眉根を寄せて、笑った。


 真冬の真夜中の人気のない公園は、尋常じゃないくらい、寒い。
 だから自然と俺達は寄り添って、肩どころか顔までくっつくんじゃないかと思うほどぴったり並んでベンチに座る。人がいないから俺も気が楽。ちょっぴり素直な気分?
 斎はケガした方と反対の手で、しっかり俺の手を握って離さない。
 それが……そんなことが嬉しい俺がいる。半年前、いいや、もっと最近まで知らなかった。15年生きてきて、ようやく俺は大切なもの見つけた。斎が大事にしてくれるからじゃない。俺が斎の手を離したくない。そういうことだ。
 斎が左手に力を込める。ぽつりと、
「ゴメン……………」
 胸が痛い。
 
 ホントは俺も同じ中学生だってこととか、まだ話せないことがたくさんあって、どれから話したらいいのか分からなくて、心の整理をつけるには正直言ってもう少し時間が欲しい。いつか、全部聞いてくれよな。辛かったことも、嬉しかったことも、憶えてることはひとつ残らず、お前に話すから。
 自分でも不思議に思うほど、『好き』って気持ちが心の中から溢れてくる。
 ありったけの思いを込めて、俺も精一杯、握り返す手に力を込める。
「謝んな……」
「でも」
「もう一回謝ったら、帰る」
 帰るって、ドコへだよ? 斎ん家にか? 全然脅しになってないって、これじゃ。
 俺の間抜けな脅迫は、しょげてる斎にはそれでも効果があったらしい。ウッと言葉に詰まって、ちょっと黙って、それから小さな声で呟いた。
「すげぇ好きなのは、ほんとだよ」
 知ってるよ、そんなこと。お前いっぱい教えてくれただろ?
 言えばいいのに俺はやっぱり素直じゃなくて、せめて繋いだ手の力が緩まないよう気をつけながら立ち上がる。
「……珱?」
「帰ろ」
 見上げてくる斎の顔を見ていたら、無性にキスしたくなって、本当に困った。


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