ACT.1  独白

Ep.02  瀬田斎の場合

「…………お前、なんか不気味じゃねぇ?」
 そんな実も蓋もない言葉は都合よく聞こえなかったことにして、俺は間髪入れずにナンパを開始、その速攻にびっくりしたのか、目の前のこいつ……窪塚珱は意外なほど素直に頷いた。
(あー、やっぱイイ声だわ)
 惚れ惚れするほど男前の珱を見つめながら、俺は何ともいえない満足感に包まれた。初めてナマで聞く珱の声は低くてマットで、とにかく俺好みだ。
 やっぱ、声掛けて正解だったよな〜。
 珱はキレイに整った眉を額のまん中寄せて、黙って怪訝そうに俺を見ている。そういえばナンパ成功の快感に酔いしれて、後の話をしてなかったんだっけ。俺はできるだけ性格良さ気に見えるように笑顔全開で、身体ごと珱の方に向き直った。
 アーアー、マイクのテスト中。……よし、オッケー。
「探したんだぜー、お前のこと。エライ声持ってる奴がいるって聞いてライブ見に行って、すっげー好きになって追っかけしよっかなーなんて思ってたら、いきなりバンド解散するは、ヴォーカルはどっか姿消しちまうは。今月に入るまで忙しくて動けなかったから、その間に誰か別の奴に掻っ攫われちまうんじゃないかって、もう心配で心配で……」
「……めっちゃやかましいぞ、お前」
 これまでの涙ぐましい苦労話をたっぷり聞かせてやろうとか思ったら、思いっきり冷たい目でブッチ切られた。うわっ! マジ、怒ってるみてェ。
 きれいな弧を描いて左右に伸びる眉がぎゅっと中央に寄って、細められた瞳は妖しい光を宿して俺をしっかりねめつけている。 しっかし不機嫌なオットコマエって、めちゃくちゃ怖ェ。
 これ以上珱が切れないうちに、俺はさっさと本題に入ることにした。
「兄貴のバンドでヴォーカル探してんだ。というか、お前を紹介したくてさ、ずっと待ったかけてた」
 珱は片方の眉をほんの少し吊り上げて、話をちゃんと聞いてることを俺に知らせる。よしよし、イイ感じ、イイ感じ。
「まだアマチュアだけどインディーズでCDとか出してるし、渋谷辺りじゃけっこう知ってる奴多いんじゃないかな」
「なんちゅう名前や」
「JUDE。……知ってる?]
 実は珱がびっくりするのを結構期待してたりして。一応ここ2、3年の内にデビューするだろうと言われているインディーズバンドの筆頭なんですけど。
 自信満々でさっそうと切り札を取り出した俺は、
「知らん」
 あっさり言われて、コケた。…………あ、そう。そりゃどーも失礼しました〜。
「あ……つうか、俺が音楽のコトよう知らんから」
 俺ががっくりしたのがわかったのか、珱が少し歩み寄りを見せる。ちょっとびっくり。なんだ、超キレイだから性格悪いのかと思ったら、こいつ案外いいヤツじゃん。
「俺、日本のインディーズ系とか全然知らんもん。ライブ聴いたんやろ。あれのどこが流行りやねん。コテコテのジャズやったやろ? あんなんしか歌ったことないし、俺……歌えへんかもよ」
 そういえばそうだったかも。俺ってば珱の声ばっか追ってて、何歌ったかなんてすっかり忘れきってた。
 やべ〜、また怒らしたかな。なんかフォローしなきゃなんねぇ?
「なに、お前、ロックとかよりジャズ系のが好きなの?」
「一番好きってわけやないけど、アイツらんとこでしか歌ったことないねん、俺。初めて歌いたいって思って探したら、一番最初に当たったバンドがあっこやって、それから半年ずっとあっこにおったもん」
「へぇ、始めてから半年ね……半年ィ!?」
 大きな声に、珱のしかめっ面がいっそう恐くなる。でも実際驚いたんだからしょうがない。二ヶ月前に初めて聞いたコイツの声は、凄いなんてもんじゃなかったからだ。
 お世辞にもガタイがいいとは言えない細っこい体のドコからこんな声が?ってくらい豊かな声量。音響のあまりよくないシケたハコの中に、まるで周りの空気が一緒に震えてるのが見えるくらいよく通った。霞むような囁き声を脳に直接ぶち込まれたみたいで、身体が震えた。
 呼吸一つでバックのリズムを自在に操る絶妙な表現力。
 体の中から音符が溢れ出すようなリズム感。
 どれをとっても歌いはじめてたった半年のドシロウトのものじゃなかった。それこそ幼稚園児の頃から、音楽オタクの兄貴にすげぇ歌いっぱい聴かされてる俺が言うんだから間違いない。
 こいつ、俺が思ってたよりはるかにスゲぇのっかもしんねぇ……。
 俺は勢い込んで、ここに来るまでに立てた計画を一気に捲し立てた。
「お前、ガッコ行ってないんだろ? 働くんなら兄貴のやってる店で働きゃいいし、あ、渋谷のライブハウスなんだけど、ライブの日はいくらでも融通してやるよ。俺が代わりに入ってやるし」
 テンション高くなっていきなり盛り上がった俺を、珱は黙って見つめた。つられて俺も見つめ返す。
 なに? ナンか問題あり??
 珱はさっきより少し浅くなっていた眉のしわを、また一段と深くした。
「そんなこと全然かまへんねんけど……」
「けど、何?」
 俺は機嫌良く聞いてやった。
 だってこいつ、かなり可愛い。スッゲー無愛想なのにたまにめっちゃくちゃ不安定な顔をする。耳がペロっと垂れた犬みてぇなんだもん。
 ところが敵はツワモノだった。
「お前、やっぱやかましい……。俺ちょっとヨワイかも…………」
 ……アレ? コレって失恋? 俺ってコイツに振られちゃったわけ!?
 まだ惚れてもいないのに、そんなことを考えて…………
 その瞬間、俺はストン、と恋に落ちた。


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