ACT.3  Love You, Love Me

Ep.14  窪塚珱の場合

「なに、それ。なんで袋に入ってんの? ここで食べるんちゃうかったん」
「……知らないうちに包まれちゃった」
「アッホ、…………」
 テイクアウト用にしっかり包装された紙袋を手に持って、斎がトボトボ席に戻ってきた。信じらんない間抜けぶり。どうせボーっとして適当に返事したんだろう。
「なんか買いたいもんあるって言うてたやん。それ持って行く気?」
「もう、いい…………」
 そう言うと、斎はしょんぼりしながら入り口に向かってトボトボと歩き出した。慌てて俺も後を追う。
「ちょお、待て! おい、コラ、斎っ」
 いつもなら、斎は絶対俺のこと置いて行ったりすることはない。なのに今日に限って、声を掛けても振り向きもしない。
 店を飛び出したあたりで、ようやく追いついた。
「なんやねん、急に?! お前おかしいぞ?」
「どこが」
「いきなりさっさと一人で店出たり、呼んでも無視したり、なんやねん。訳わからん」
「いつもは俺が追いかけてるのに?」
「…………あ?」
 俺の顔を見ながら、斎が大きなため息を吐く。
「お前全然分かってないじゃん。なんで俺ばっかなの? お前全然喜んでないのに俺ばっか、バカみたいにぐるぐる一人で考えちゃったりして」
 言葉を切って黙り込む。それから食料の入った紙袋をいきなり俺に押し付けた。
「帰るわ、俺……。今日の練習、顔出さないし、向こうのマンション泊まるって兄貴に言っといて」
 それだけ言うと、くるっときびすを返して駅に向かって歩き出した。
 訳が分からなくて呆然とする俺を残して。



 渋谷の雑踏に一人取り残されて、どれだけそうしていたんだろう。
 時刻はもう夕方で会社や学校から帰る人、これから遊びに出掛ける人、どこに行くのかよく分からない人々で、知らないうちに歩道もスクランブル交差点も満員電車みたいに人間の塊で埋め尽くされていた。
 誰かが勢いよくぶつかってきて体がよろける。振り向くと高校生くらいの女がゴメン、って感じで笑いかけてきた。
「ね、カレシひとりィ?」
 物欲しそうな顔つきで俺を見上げる。無視したら、さらに大きな声で話しかけてきた。
「アタシー、これからトモダチと遊ぶんだけどぉ、一緒に来ないー?」
 誰が行くか、このアホ。勝手に遊んでろ、俺に構うな。
「なんか、カッコイー。芸能人みたいな顔ー」
 言いながら俺の肘に触れてくる。

 突然、吐き気が込み上げた。
 どうしようもなく俺を捕らえて離さない……理不尽な怒りと不快な感情。
 体が震えた。

「やかましい、」
「あ、喋った。カッコイ、」
「やかましい言うてんのが聞こえへんのか!!」
 肘に触れた女の指の感触が気持ち悪かった。そこから腐って落ちそうな気がした。払いのけた拍子に手に持っていた紙袋が落ちて、中身のハンバーガーが辺りに転がる。拾うことも思いつかなかった。
「俺に触るなっ、誰も、俺にっ…………!」
 きゃあっと女が声を上げて後ずさる。その顔にまた怒りが込み上げた。

 お前らはみんなそうだ。
 勝手に俺に構って、勝手に掻き回して、俺が何をしても何をしなくてもお構いなしに図々しくまとわりついて。
 それなのに、まるで俺が悪いような顔をする。
 俺が何をした! 俺が何をした! 俺が何をした!!

 女は足が竦んでいるのか動かない。
 早くどこかへ行ってしまえ!!

「バカやろっ!!」

 いきなり手首を掴まれた。
 後ろから強い力で抱きかかえられて、息が詰まった。

「お前っ、女の子殴る気か!?」

「ゴメン、こいつ今ちょっとイラついてて……びっくりした? ほんっと、ゴメン!」

「もう行って? ね、泣かないで、ね? 普段は優しいのよ、今はちょっとコワイ顔だけど、でもめちゃくちゃイケてるっしょ?」

 女のくしゃくしゃになった泣き顔が遠くなっていく。
 涙が溢れた。

 斎の、声だ………………



 呼吸が楽になった。


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