ACT.3 Love You, Love Me
Ep.12 窪塚珱の場合
初めてキスしたあの夜以来、俺と斎の二人で一緒に過ごす時間が多くなったのは間違いない。練習の時は必ずと言っていいほど一緒に帰っているし、斎の学校が終わる時間に合わせて、スタジオ入りまでの数時間を一緒に過ごすようにもなった。
理由はたいがい取るに足りないことだ。
斎が洋服買いたいから付いてきてくれって言ったり、俺の好きなバンドの新しいアルバムを買いに行くのに付き合わせたり。
待ち合わせの前の晩、斎から携帯に電話が入る。4時に渋谷な、いつもの店の見えるとこな、と斎が言うのにぶっきらぼうに返事をする。元々携帯に電話してくる奴なんて一人もいないから、いつの間にか着信記録に斎の電話番号だけがどんどん溜まっていく。ソレも何だか不思議だった。
次の朝、目が覚めて時計を見ると午前7時。あと9時間。俺はその9時間、何をして過ごしていたか、たいがいの場合覚えていない。
自分がこんな風に、誰かと関ることを待ちわびるなんて思いもしなかった。
不思議だと、思う。
俺は一通り勉強を終えたらすることがないので早目に家を出て、いつものハンバーガー屋でコーヒーを飲んでいた。待ち合わせまであと20分。もっとも斎は学校があるから、約束の時間に間に合うかどうかは分からない。斎が来るまで俺は何時間でも待ち続ける。
以前の俺なら相手が5分遅れてきたら、怒って帰っていただろうと思う。それ以前に、誰かと待ち合わせしようなんて思わないし、今までもなかった。
でも俺は待っている。もうすぐ現われる斎のことを『来ないかも知れない』なんて微塵も思わずに。
窓際のカウンターに座って、人の多さでひとりひとりの質量がうんと小さくなったように感じられる人込みを見るともなく見ていると、突然真ん前の人の列がさーっと開いて、見慣れた笑顔が顔を覗かせた。
逆光で反射したガラス窓越しに俺の姿を見つけると、手を振って駆け出してくる。
賑やかな店内に負けないくらい、大きな声で俺の名前を呼ぶ。
「ごめん、珱! 遅れたっ」
「……遅れてへん。五分前や」
俺は手元の時計に目を落として答えた。
斎がこんな風に駆け寄ってくると、俺は何となくそわそわして落ち着かない気持ちになる。気づかれたくなくて目を逸らすのに気づいているのか、いないのか。斎はウレシソウにそっかそっかと言いながら、俺の隣に腰掛けた。
「帰り際に先輩に捕まっちゃってさ〜。てっきり遅れたと思ったぜ」
「別に、そんな急がんでも」
「先輩と喋ってるより、お前に早く会いたいモン」
言葉に詰まって、俺は思わず斎をじっと見てしまった。斎は本当にこういう、赤面モノの台詞を何の気なしにさらっと言う。
……待ってたのは俺も同じ。でも俺にはこんな台詞、絶対に言えない。
「なに、変な顔して」
「……別に」
俺が一瞬固まったのを見咎めて言う。こういうところ、なんていうか俺は絶対斎に敵わないと思わされる瞬間だ。
俺は未だに斎に対しても、言葉を飲み込む癖が直ってない。
たとえば斎が俺の立場ならきっと『そんなに急がなくても、お前が来るまでちゃんと待っててやるから』って言ってくれるだろう。
でも俺は言わない。
他の奴に対して、こんな風に考えたことなんてなかった。誤解されても平気だし、いちいち弁解がましいうしろめたさを感じることもない。『言いたくても言えない』のか『言いたくないから言わない』のかが自分でもよく分からなくて、こんなにもどかしい気持ちになるのは、斎に対してだけだ。
斎だけ。
その言葉が心の中で形になろうとした瞬間、
「俺、腹減った。なんか買ってくるわ」
そう言って斎はぽんと椅子から飛び降りると、スタスタとレジに向かって歩き出した。俺は追いかけるコトもできなくて、遠ざかる斎の背中をいつまでもぼんやり見つめていた。
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