† 5万ヒット サンクス&メモリアル †  



Ep.2



 まるで子供みたいに心臓をドキドキいわせながら扉を開けた俺の目の前に現れたのは、高校生ぐらいの華奢で綺麗な女の子だった。
「はじめまして〜。こんにちわ! あたし三谷原静乃って言いますぅ」
「は、…あ、いらっしゃ、い…」
 我ながら間抜けな反応だと思うけど、普段の俺は決してこういう不測の事態に弱いワケじゃない。ポーカーフェイスには自信があるし、少なくとも斎よりは動揺が顔に出ない方だとも思う。けど、これは……
 さすがにこれはキツかったよ。
 扉の向こうにはきっと俺よりさらに大柄な、一ヶ月と半分の間ずっと会いたくて会いたくてしょうがなかった男が立っていると信じて疑わなかった分、俺のショックは普通よりはるかに大きかったんだ。
 しばし呆然、思考回路が砕けたまんま、まともに頭が働き出すまでにえらく時間が掛かって、俺は無言でその女の子の顔をじーっと見下ろしてしまった。
 しばらく彼女とじっと見つめ合った後、ようやくお母さんを呼びに行く事を思いついたのは、さて何十秒後のことだったか。その間、なぜか女の子もぽかんとした表情で俺を黙って見上げていた。
「あの、…近所の子かな? 今、お母…じゃなくおばさん呼んでくるから、ちょっと待っ」
 突然、女の子の表情がくにゃっと曲がった。ゴムまりでもあるまいしと言われるかも知れないが、俺は彼女の表情を見て本当にゴム製のボールを思い起こしていた。何というか、その顔がふにゃふにゃした柔いものを想像させる、妙な形に歪んだからだ。同時に爆風のような絶叫が玄関中に轟いた。
「ぎゃ―――――っ!!! 珱ーっ!? なな、なんで『珱』がいっちゃんちにおるん!? いっちゃん、いっちゃんてばちょお来てみっ。珱が、珱がおる、珱―――――っっ!」
「なっにィー!? うわっ、マジだよ。おまっ、なんで今ごろ俺んちにいんだよ!?」
「ああもぉうるさい、静かにしなっ。久しぶりに会ったからって玄関で大声出すんじゃないの、バカ息子共っ!!」
「ちょ…ぉ、みんなもうちょい静かにし…」
「いっちゃん、なんで、なんでいっちゃんちに珱がおるん!?」
「珱、お前ナニやってんの。マジやばいって、ウチの玄関にのこのこ出てくんなっつぅのっ!」
「きゃああっ 可愛いお嬢さんがいる! いらっしゃい、お名前は? どこから来たの? いくつ?」
「だから、みんな静かに…」
 俺の掠れた呟きなんて、この場に居合わせた誰の耳にも入っちゃいない。
 三人三様だけどそれぞれ人のことは言えない大声で、この瞬間本日のキャストが全員、瀬田家の玄関先に勢揃いした。






「いっちゃんのお母さん若ーいっ、それに美っ人〜! あたしお母さんに会うの、めっちゃ楽しみやったんですぅ」
「いえいえ、こちらこそ会えて嬉しいわ。遠いのにわざわざありがとうね。お茶、美味しい?」
「はい! 美味しいですっ。お茶も美味しいしケーキも美味しいし、珱には会えるし、あたし東京に来てほんまに良かったぁー!! ちょーシアワセっ」
「ったく調子いいっつーか、つくづくお手軽な奴だよな、お前は…」
 ご機嫌の女の子と元からあまり物事に動じないお母さんと見るからに不機嫌そうな斎と事態がまだよく飲み込めていない俺が向かい合う瀬田家のリビングは、異様な盛り上がりを見せていた。
「だいたいあんたはいつも突然すぎるのよ。生徒さんを一緒に連れて来るんなら、もっと早く言っといてくれなくちゃ。せっかく女の子に泊まってもらうのにおねまの一枚も用意してないなんて、悔しすぎる! 後で近くのお店にお買い物に行こうね、ね?」
 ひとしきり斎に文句を言い終えると、お母さんの興味は一ヶ月ぶりに帰省した息子ではなく、息子が連れ帰った美少女にあっさり向けられた。お母さんは彼女のことをよほど気に入ったらしい、まるで犬猫を可愛がるような声で一生懸命彼女に話し掛けている。
 常日頃から『ウチは二人とも可愛げなくでっかく育っちゃって、せめて珱くんぐらい飾りがいがあれば良いものを、ごついばっかりで可愛い服がひとつも似合わないのよ〜!!』と嘆いては、隙あらば俺にちょっと少女趣味寄りのシャツなんかを着せようとするだけあって、この状況はお母さんにとってまさしく『かもネギ』。心おきなく可愛く着飾らせることが出来るお人形を手に入れたも同然なんだろう。
 不意の訪問者も年の割に度胸が据わった女の子で、斎の地を這うような唸り声もぼんやりしたままの俺の態度も全然気にならないらしい。まるでこの家の子供みたいな顔でケラケラとよく笑って、お母さんがキッチンからせっせと運んでくるお茶やケーキを遠慮もせずに片っ端からばくばくたいらげている。その見事な食べっぷりに呆れるより感心して、思わずまじまじ眺めてしまった。
 何というか、物怖じしない子だなぁ。しかも細いのによく食うよ……。
 " 三谷原静乃13歳、京都市内の私立に通う中学二年生。いっちゃん…じゃない、斎先生に家で勉強を教えてもらってます。魚座、B型、好きな食べ物はアップルパイ、好きなタレントは『JUDE』の珱 "。
 嘘かホントかは分からないけど玄関で俺と顔を会わせた直後、例の耳を劈く絶叫のすぐ後に、彼女は俺の腕を両手でがしっと掴んでこう言ったのだ。
 まっすぐな長い黒髪とふんわり柔らかそうな肌の色、利発そうに輝く大きな瞳、桜色よりほんの少し赤みの強い唇は透明に光ってる。
 これは文句なく俗に言う『国民的美少女』って感じ、かなり整った顔立ちだと思う。
「ハイ、ありがとうございます
 静乃ちゃんは夢中でがっついていたケーキから潔く目を離すと、お母さんに向かってニッコリと微笑んで見せた。まるで今まで読書でもしていました、と言わんばかりの花のような笑顔で。
「でもね、いっちゃんちに来たいって言うたんはあたしなんです。それも昨日。うちのお父さんとお母さんが急に仕事で札幌に行かなあかんようになって、一週間前くらいに慌てて飛行機手配したら、さすがに連休前でギリギリ二人分しか取れへんかったんですよ。ほんま段取り悪いって言うか、仕事で行くのにスーパーシートですよ? まぁそれはいいんやけど、たまには夫婦二人にしだげるのもええかなと思って、あたしはひとりで家におるわって言うたんです。そしたら親はやっぱり心配やったみたいで…。で、つい先生んちに行くし大丈夫って言うてしもて…」
 斎が横で派手に溜め息を吐く。
「お前さ、マジ信じらんないっつうの。昨日家に行ったら突然『明日一緒に東京行ってもいい?』と来たもんだ。お母さんには『よろしくお願いしますね』とか言って丁寧に頭下げられるわ、俺は何がよろしくなのか全然ワケ分かんなくてめちゃくちゃビビったって。『センセイは忙しいから、新幹線のチケット代わりに買っといてあげる〜』とか言って、最初から一緒に行くつもりだったんじゃねぇか。行ってもいい?じゃねぇだろ」
「だぁってぇ、ダメぇ言われたらあたし一週間ひとりぼっちで過ごさなあかんやん。そんなん寂しいし、イヤぁやったんやも〜ん」
「なにが、"も〜ん" だ。なにが! このワガママ女っ」
「きゃあっ、いたい、痛いって、いっちゃんヤメーっ」
 斎が頭を両手で抱えて自分の胸にぎゅっと抱き込む真似をすると、静乃ちゃんはきゃあきゃあと声を上げて嬉しそうにはしゃいだ。
 ちょっと年の離れた兄弟みたいな光景。…ちょっと違うな。
 仲の良い、―――――恋人、みたいな?
 急に心に浮かんだ思いがけない一言に、目が覚めたようにハッとした。
 静乃ちゃんは中学生だけど大人っぽい顔立ちをしているから、新幹線の座席に並んで座る二人を見かけた人の10人に8人くらいは、恋人同士の旅行だと思うだろう。
 どこからどう見てもしあわせそうな、ごく普通の彼氏と彼女。
 
 チク。チク、チクチクチク。
 あれ、何、だろ…。胸が、ちくちくする……。

 俺が知らない斎の生活。静乃ちゃんと斎が過ごしてきた一ヶ月あまりの時間は、俺にとって知らない世界だ。外側から二人を眺めて想像するしかない、俺が絶対に知り得ない斎だけの。
 目の前で見せつけられるまで、正直言って実感なんてなかった。
 つい最近まで、少なくとも俺にとっての最優先事項は斎と一緒にいることだったんじゃなかったっけ?
 両親と離れて暮らし始めたとき、俺がたったひとつ心に決めたのはそれだった。
 これから先、今よりもっと大変なことが起こったとしても、斎の隣にいることを諦めることだけは絶対にしない。どんな時でもお互いのことを一番最初に考えるって。高校に合格した時に俺と一緒に住めるよう斎が両方の親を説得してくれてから、その思いは俺の中ではますます強くなった。
 だけど確実に周囲は変わり始めている。仕事のことにしても大学のことにしても、俺と斎を取り残したまま、周りの状況が俺たちを先へ先へと追い込もうとしているような気がする。

 まだ心が決まってない。俺はまだ、『斎がそこにいない』という状況に慣れていない。
 いつかは慣れていくんだろうか。仕事に追われて新しい知り合いが増えて連絡が途絶えがちになって、会いたいときに斎に会えないことも当たり前になっていくんだろうか。
 斎にとっても、それは同じなんだろうか…?
 とても怖い、ことのような気がする。ひとりでいることに慣れていくのは。

 俺が側にいないことに斎が慣れていくのは。



「…、珱…」
「え…」
「どうしたよ、ぼんやりして?」
 斎の声に、俺はようやく我に返った。膝の上に重ねた掌に焦点が合い始めて、ようやくここが斎の家のリビングだということに思い当たった。
 俺はどうも随分なあいだ、自分の掌を穴が空くほど見つめていたらしい。
「疲れてんだろ。このごろすげぇ忙しかったもんな。家、帰るか? 送ってってやるから」
 斎はテーブルに片手をついて身を乗り出すと、何気ない仕草でひょいと俺の頬に手を伸ばしてきた。
 途端にさっと頬に血が上る。何かというと斎が俺の髪や頬に触ってくるのはつい最近まで普通のことだったのに、何だか急にいたたまれなくなってそわそわしてしまった。
「や…、平気。ワリぃ、ぼおっとしてた…」
 静乃ちゃんの目には俺たちは一体どう映ってるんだろう?
 そんなことまでいちいち気になってしまう。それとも意識してる俺の方がどうかしてるんだろうか。
「顔色はそんなに悪く無さそうだけどな。飯は? ちゃんと食ってるか?」
「最近忙しくて、ずっと外食…」
「ちゃんとまともなメシ食わないとそのうち参るぞ、そうでなくても外食苦手なんだから」
「ん…」
 無意識に斎の指が頬をゆっくり移動する感触を追い掛けてしまう。
 離れて暮らすようになってから毎日のように連絡を取り合っていたのに、目の前に斎がいるといないとでは心の中にある振り子の揺れがこんなにも違う。
 俺ってこんなに斎に惚れてたのか…って、今さらそんなことを考える自分に呆れた。
 惚れてるだろ、思いっきり昔から。格好つける余裕も吹っ飛ぶくらいにな。
「お前また痩せたんじゃねぇの? 腕なんかガリガリだし。首とかさ。骨に触りそう」
 指が徐々に頬から首筋に移動して、項に掛かった髪の下に潜り込む。爪の先で首の裏側の付け根の辺りを軽くなぞられて身が竦んだ。恥ずかしさと、…期待とで。
「ん、そうやな。最後に逢うた時よりちょっと体重減ったかも」
「ほら見ろ。ちょっと俺がいないとこうだからさ」
 斎は軽く肩を竦めてクスッと笑った。いつものけろっと明るい斎らしくない、意味深な顔で。
 あからさまに『コイツは俺の "特別" だ』って言ってる。この場にいる誰にだと言われると困ってしまうけど、そんな気がして仕方がない。
 それに俺も相当やばい感じ。こんな、まるで甘えてるみたいな声出して、しかもどんどん止まらなくなってるし。
 ちょっと指で触れられるだけで、その他のいろんな感触が次々と頭に蘇ってくる。髪を撫でられるとか、胸に掌が当たるとか、それから、―――――
 絶対、やばいと、思う。
 心臓の音が耳に煩いくらい大きくなってるし、何より空気が…何だか怖ろしく妙な感じに……。

「うわー…」
 静乃ちゃんの吐いた溜息で、危うくなりかけてた俺たちの緊張がブツッと切れた。
 斎が驚いたように手を引っ込める。隣に座ってるお母さんが少し体を動かしただけで、頬が火照って冷や汗が出た。
 静乃ちゃんはぽかんとした顔をしてはいたけれど、この湿度の高い空気は中学生にはさすがに感じ取れないものらしい。
「まだ信じられへんけど…、センセイってほんまに珱と仲良しやったんや…」
 あどけない顔でそんなことを言い出す彼女に、正直俺たちは救われた。あのままどっちも止まらなかったら、一体どうなっていたことか。
「珱がこんなに喋ってるの、見たこと無いもん。ラッキー…」
 あまりの無邪気さに苦笑した。
「俺ってそんなに喋らへんかな?」
 静乃ちゃんが勢いよく首を縦に振る。
「喋らへんと思うー。テレビとかも出ても絶対カメラの方向いてくれへんし、ラジオでも珱ってほんまに全っ然喋らへんのやもん。ラジオの時なんて最初と最後の挨拶しかしてくれへん」
「あー、あるある。いるかいないか分かんない時あるよな、コイツ」
「ソレはないっ! 珱が出てへんかったらあたし暴れるもん! テレビ局に電話掛けるわ、絶対っ」
 真顔で力説する静乃ちゃんの様子に皆が同時に笑い出して、空気がにわかに和やかになった。
 彼女の存在はとても素直で可愛くて、なぜかすごくほっとした。






 お母さんと静乃ちゃんは買い物に行くと言って、二人で出掛けてしまった。俺たちも一緒についていこうと思ったら、お母さんに笑って止められてしまった。
「斎はともかく珱くんはちょっと目立ちすぎるかな。かわいそうだけどお留守番しててくれる? その代わり、うちのバカ息子を思いっきりこき使っていいから」
「ひでぇ…、それが久しぶりに帰ってきた息子に対する扱いかよ?」
 斎は平気な顔でゲラゲラ笑ってたけど、俺はとてもじゃないが笑えるような心境じゃない。顔から火が出るかと思った。
 こんな気持ちのまま斎と二人っきりになったら…自分でも何を言い出すか分かったものじゃない。体はすでにカチカチになってるし、心臓だって…
「珱」
 名前を呼ばれて、声を上げそうになる。斎の視線を背中に痛いほど感じて、急に呼吸が苦しくなった。
「珱…」
 そっと後ろから抱きかかえる腕の感触。嬉しいと感じるより先に、膝がガクガク震え出した。
「すっげ、会いたかったー…」
 俺も気が狂うかと思ったよ。もうダメかと思った。…会いたかった。
「珱、こっち向けよ」
 焦れたような声は聞こえてるのに、体がどうしても言うことを聞かない。緊張して動揺して、抱きしめられるとどうしていいか分からなくなってた昔の自分に戻ってしまったみたいだ。
 中途半端に体を捻って何とか半分だけ振り向くと、後は斎が助けてくれてやっとの思いで正面を向く。
 そのあと倒れるように斎の首にしがみついたことだけは憶えてるけど、肋骨をへし折りそうな勢いで抱き合ってどっちからキスをせがんだかは、俺だけじゃなく、斎もきっとよく憶えていないと思う―――――
 




「ん、…んっ」
 噛みつくように塞いだ珱の唇からくぐもった声が漏れる。ギリギリまで堪えて、呼吸を整える余裕もなく、また慌てて抱き寄せながら唇を探す。
 息が続かなくて苦しくなって、目尻にうっすらと涙が滲んでくるのに離れられない。まだ全然足りなくて、もっともっと欲しくなって、ぴったり抱きついたまま離れない珱の背中に必死で腕を回して支えた。
 珱は自分で立ってることも出来ないみたいに、俺に全身を預けて唇を求めてくる。湿った粘膜が触れ合う音の合間に、しゃくり上げるような声が混じってドキッとした。
 さすがに心配になって顔を見ようと思っても珱は全然離れようとしなくて、それがますます俺を不安にさせる。
「ちょ、ちょっとは顔見せろよ。一ヶ月も声だけで我慢したんだからさ」
「うるさい。ええから、離すなよっ…」
 怒ったように首を振って、さらに強くしがみついてくる細い腕。

 その時突然自覚した。
 背中にブルッと痺れが走って、心臓を直接弄られたみたいに頭と身体が同時にゾクゾクした。

 ああそうか、この一ヶ月あまりの間、俺は寂しかったんじゃない。
 俺はコイツに餓えてたのか―――――

 暗い廊下の壁に肉の薄い身体を縫い止めて、乱暴に顎を掴んで引き上げても珱は抵抗しなかった。自分から腰を擦り寄せて開いた膝の間から足を絡めてくる。視線が合うと苦しそうな顔でうっすら唇を開く。すぐに瞳が閉じられて、誘うような掌が俺の背中を上下に何度も往復した。
 珱も俺と同じ事を感じてる。会いたかったって全身で言ってる。
 昨日まで冷え切ってた腕の中が急に温かくなった。俺の体温と珱の体温が混じり合って、同じ温度になっていく。直接肌に触れているわけでもないのに、二人分の温もりがじわじわと身体に染み込んでくるみたいだ。
 側にいるって、もしかしたらこういうことなのかも知れない。
 触れ合うってことはお互いの体温を分け合うことなのかな。俺もあったかいし、珱もあったかい。どちらか片方だけじゃなくてさ。
「ひさしぶり…なんてな」
 何を言っていいか分からなくて、でも黙っているのは照れ臭くて、珱を壁に押し付けて抱きしめながら、俺はどうでも良いことを延々と話した。
 よく考えたらソファに座って落ち着いて話せばいいようなことを、たとえば静乃と初めて会ったときのこととか、学校の名物教授の話とか、ノリの良いクラスメイトに誘われて入った映画研究会のこととか、珱に分かることも分からないこともごちゃ混ぜにして、思いついたことを全部。
 珱は小さく頷いたり、返事をしたりしなかったり。でも時々思い出したように背中をギュッと抱きしめてくる腕は、俺から一瞬も注意が逸れてないことを教えてくれる。話の合間に言葉が途切れると、どちらからともなく頬を寄せてまたキスをした。

「もう、このまま家帰ろうぜ。お袋には静乃を与えてあるから、俺らがいようがいまいが気がつかないって。俺もうダメ、我慢できない」
「アホか。んなわけにいくかよ。静乃ちゃんは餌やないっちゅうねん。大体このままバックレたら、お前明日から寝るとこなくなるぞ…」
「じゃあお前なにか? 俺がこっちにいる間、ずっとひとりで寝る気だったワケ? すっげ、我慢強〜…」
「黙れ、アホ斎。会うたすぐからそんなんばっか言いやがって」
「何だよ、お前だっておんなじだろ?」
「…当たり前、やろ……」
「ほら見ろ」

 俺の肩に頭を預けて、珱がクスクスと笑い声を洩らす。肩が少し震えて、掌でさすると小さなため息と一緒に、耳や首筋にキスをくれる。
 そんな些細なことに、信じられないくらいドキドキした。



 お袋と静乃が買い物を終えて帰ってくるまで、結局俺たちはあんまり言葉を交わさなかった。
 口を開くヒマもないくらいしっかり抱き合って、キスを交わすのに忙しかったからだ。





† to be continued †



とりあえず再会、と抱擁。めでたい。なんだかもうここで十分ってな気もしてきましたが、めでたいだけでは終わりません…。


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