夏休みも中盤に差し掛かった8月11日は俺の誕生日。
 高校に入学してからこっち『JUDE』の活動が俄に活発になって、珱はかなり忙しくなってきている。俺にも新しい友達が出来て、俺たちの周囲は中学の頃と少しずつ変わって来つつある。
 でもいちばん大切なことは何一つ変わってない。
 珱はあいかわらず不器用でぶっきらぼうだし、俺もあいかわらず珱にベタ惚れだし、きっとずっといつまでもこんな風なのかなって、クスッと笑ってしまうようなあいかわらずの日々だ。
 そして俺は晴れて16回目の、珱と出会って3回目の誕生日を迎えることになる。





「いっちゃん、今日は窪塚くん早番だからね。次のステージのスタンバイが終わったら上がってもらうから」
 カウンターの中から美帆さんが俺に向かってわざわざ言った。
「聞いてるよ。ここ退けたらメシ食いに行く」
「あらそう、いいわね」
 まるでお袋みたいな言い方で美帆さんがニコリと微笑むと、その声に反応して俺の隣で肩を並べて飲んでいた男が顔を上げた。
「なんでわざわざ外でメシ? ここで食えばいいのに」
「ああ、今日いっちゃん、誕生日なのよ」
 俺の代わりに美帆さんが答える。それって答えになってない気がするんだけど…まぁいいか。
「へぇ」
 彼がおもむろに俺を振り返った。
「そりゃおめでとう。幾つになった?」
「16」
「げっ。若っけぇ〜」
「妬かない、妬かない」
 美帆さんが面白そうに男の顔を覗き込む。
「おいくつ?」
「こないだ23になりました。悪いね、オッサンで」
 目を見張るような男前の顔を軽く歪めて、彼はさもおかしそうにアハハと笑った。

 ところで最近俺にはちょっと変わった友達が出来た。6月くらいからだから、友達といってもまだなりたてだ。それが今隣にいるこの男。大学を卒業したあと上京して、とある音楽雑誌の編集部でバイトをしているらしい。
 彼は『GREEN DAY』の客で、今年に入って兄貴と知り合ってから店によく来るようになった。兄貴とは仲が良いだけじゃなく仕事もちょっと絡んでて、ご存じの通り俺の大事な大事なコイビトもここで働いてるから、当然お互い知ってる顔だ。
 俺は普段ここでは働かないんだけど、ライブ用の臨時バイトでフロアを手伝ったりしてるうちに、何となくこいつと仲良くなった。気さくでアッケラカンとしてて気持ちの良いとんでもなくカッコ良さげな兄ちゃんで、8つ違いの兄貴とは違うけど、こっちはこっちでなんだか兄貴みたいな感じがしてすぐ意気投合して。
 背が高くてオシャレ系で、しかもバイ・セクシャルだと照れもせずに言う。
 男も女も両方オッケーってのを隠すどころか堂々と言ってのけて、あんまり堂々としてるからこっちも別におかしな感じが全然しなくて、むしろこんな風に自由な感じってすげぇな、格好良いかもって思うくらいだ。
 そしてこいつは何故か、俺と珱がラブラブだってことをすぐに見破った。
「斎さ、お前あのキレーな黒目ちゃんとヤってるだろ」
 黒目ちゃんとはもちろん珱のことだ。
「はい??」
「とぼけんじゃねぇよ。もうちょっとお子様風に言いたけりゃ、付き合ってるっての? ま、何でもいいけどさ。要するにそういう仲なんだろ?」
 絶句。っていうか、……絶句。赤面。狼狽。それから…………
「あああ、の、なんっ、なんでっ? わかわかわか……」
 いやだから、『何で分かったんですか』って言いたかったんだけどさ。
 『GREEN DAY』で働くスタッフの、一部の女の子連中には俺たちが付き合い始めた頃からバレバレだし、俺も別に恥ずかしがるようなガラでもないし、だからどうして自分がこんなに狼狽えるのかちょっとよく分からないんだけど、とにかくヤツにそんな風に言われるのはとてつもなく恥ずかしかった。
「わかるって、そういうのは。雰囲気ってもんがあるだろ」
 ヤツは別に笑うでもなく、至極当然のような顔でアッサリ言う。
 雰囲気ねぇ。雰囲気……ってどんな雰囲気だよ!?
「どんなってそりゃ、デキ上がってる感じ。プンプンする」
 撃沈…………
 こんな台詞、珱に聞かせたりしたら体液沸騰、0.5秒で即死だよ。絶対ダメ、あまりにも危険だ。絶対会話に入ってくるなよ〜。
 慌てて珱を探したら、愛しのコイビトはステージセッティングの真っ最中。それどころじゃないって感じで走り回ってて、いつもなら(こっち向けー)とか念を送るところだけど、今日だけは心の底からホッとした。そうそう、そのまま俺を忘れて仕事に打ち込んでくれ。
 祈るような気持ちで声もなくカウンターに突っ伏した俺を、そいつは面白そうに質問責めにした。
 いつから? アイツ堅そうなのにどうやって落とした? ちゃんとケアしてやってる? 
「ケア?」
「満足させてやってるかってコト」
「ちょっと〜」
 俺はほとんど涙目になった。
 このオッサンと来たらものすごーく痛いところを、容赦無く串刺し。電柱みたいにぶっとい杭で。
 それは俺の泣き所だからだ。目下最大の悩みと言っても過言じゃない。
 珱とそういうコトするようになってから結構な時間が経つけど、俺たちはまだそういう意味では全然発展してない。
 俺たちのHって難しい言葉で言うと観念的っていうか精神的っていうか、身体で感じる感覚とはちょっと違うところにあるような気がする。
 そんな風に思うのは、特に学校の野郎共とその手の話をする時だ。
 野郎ってのはホントどうしようもないサルか野獣で(いや、俺もだけど)とにかくスルことばっかしか頭になくて時々ホントにバカじゃないかと思うけど、そんなとき俺はふと考える。
 珱はどんなことを思って俺に抱かれてるんだろう? 
 『抱く』『抱かれる』という図式で言えば、俺たちの関係はそれはもう間違いなく俺が前者で珱は後者だ。
 俺たちの場合始まりが始まりだったからそれについて深く考える余裕なんて無くて、無我夢中でお互いにしがみついたって感じで、好きだから触れていたいって気持ちが今でも100%を占めてる。俺たちのセックスって出す出さないとかいうことより、ちゃんと繋がってるっていうのを確認してるみたいな雰囲気がずっとある。
 特に珱を見ているとそれがひしひしと伝わってきて、俺は時々切なくなる。
 あんまりヨクないというより、すごく辛そうなのに顔を真っ赤にしながら自分から腰を上げてくれたりする時、痛々しいというか、俺はほとんど泣きたい気分になる時があるのだ。
 別に形に拘らなくてもいいんじゃないか?なんて思ったりもするけど、最初の時口とか手とかでするだけじゃ嫌だって言った珱はものすごく切羽詰まった顔をしてて、俺は今でもあの時の珱の顔が忘れられなくて、今でも途中で目が合ったりすると何だかスゴク照れ臭そうな、でもしあわせそうな顔を見せるのが嬉しくて、やっぱりするときは最後まで…ってことにどうしてもなってしまう。
 俺の気掛かりはやっぱ無理させてるのかなとか、辛いことを我慢してる顔を見るのは辛いなとかそういうことで、そういういじらしい珱を見るとさらに惚れちゃうだけなんだけど、過去も含めて珱の心情はきっともっと複雑なんだと思う。
 それを思うと出来ればもっと楽な気持ちになれるようにしてやりたいけど、だからって今さら抱き合うことを止められないし、珱がいやいや俺を受け入れてくれてるわけじゃないこともよく分かってる。
 じゃあどうすりゃいいんだろって、最近の俺はかなり真面目にそんなことで悩んでいたりするのだ。
 なんだかちょっとばかり『先輩』に頼りたい気分になってしまった。
「俺が白状したら、俺の聞きたいことに答えてくれる?」
「お、交換条件とは生意気な」
「からかってんならいいよ」
 俺がぶすっと頬を膨らませると、そいつはうって変わった真面目な顔つきで俺の頭をポンと撫でた。
「悪ぃ、怒るな。悪かった。いいぜ、何でも答えてやるよ。俺が分かることならな」
 じゃあ早速……なんておもむろに切り出すのは穴があったら入りたいくらい恥ずかしかったが、ヤツの目はすごく真剣ですごく優しく笑ってて、勇気を奮い起こさせてくれるには充分だった。
「満足ってなに? なんだと思う?」
「ココロも満足、カラダも満足。それがパーフェクトなエッチだろ」
 前言撤回。起こしたはずの勇気はどこへやら、初っ端から号泣したい気分に襲われる。んなことアッケラカンと言われても、……俺まだぺーぺーなんですけど…………
 二の句が継げなくて口をパクパクさせている俺をちょっとかわいそうに思ったのか、ヤツは溜め息を吐きつつ苦笑した。
「悪ィな、他に言い方が思いつかないんだよ。どう言っても一緒だし。つまみ食いなら入れて出してでいいけどさ、マジ惚れてんならどっちも必要。当たり前のことだろ?」
「まあ、そうだよな……」
 顔を覆ってオイオイ泣き出したくなるような台詞がオットコ前な顔からポンポン飛び出してくるけど、それをこそげ落として考えてみたら、ヤツの言うことはなるほど納得、ごく当たり前のことなんだろう。
 好きだから、したい。それでお互い気持ち良かったらもっといい。そういうコトだよな。
「……道理で黒目ちゃんに色気が無いわけだ。なんか安心した」
 そいつは一人で納得して、一人で嬉しそうに笑いやがった。
 くっそーっ。なんだか知らないけど、俺は今ものすごーく情けない気持ちになったぞ。色気が無いって要するに『俺が珱を満足させてやってない』ってそういう意味だろっ。
 やっぱり言い返す気力も言葉もマイナス値まで下がりきった俺の頭を、そいつはまた大きな手でグリグリ撫でた。
 確かに奴から見たら俺はまだまだお子様で、ガキが何を生意気言ってって感じなんだろうな。でも俺は真剣なんだよ。
 珱に関することは何もかも絶対手を抜かないって、腹を括ってあるんだから。出来る出来ないじゃなく全部する。したいこともしてやりたいことも、もちろんしなきゃいけないことも全部だ。
「他に質問は?」
「パーフェクトなエッチのやり方」
 こうなりゃヤケだ。
「考えるより試した方が早そうな気がする。知ってたら教えてくれよ、そういうの。俺ら、条件は満たしてると思うんだよな」
「何の条件?」
 そいつがさも可笑しそうな顔で聞き返す。
「さっき言っただろ、マジ惚れてるんならどっちも大事って。俺もそう思う。俺らココロだけはめっちゃくちゃあるけど、カラダの方がついて行ってないみたい。それを何とかする方法が知りたい」
 カウンターの向こうで美帆さんがボテっとグラスを取り落とした。あ、やばい、聞こえたか? まあいい、この際事情を知ってる人は黙って目を瞑ってて。はっきり言って今はソレどころじゃないから。
 俺は思ってることを正直に話した。こんなことまで話して大丈夫かってことまで全部。
 俺たちがどんな風に出会って好きになったか。大袈裟に言うと何を思って生きてきたかってこと。
 そういえばこんな話、ほとんど誰にもしたことなんか無い。他の誰が知らなくても、俺たち自身が知っていればそれでいいと思ってたから。
 奴はすごく真剣な顔で俺の話を聞いてくれた。黙って時々小さく頷いたり笑顔を見せたりしながら。そして最後にニコッと笑った。
 ちょっと兄貴を思い出すような、あったかい笑顔だ。
「お前最高。すげーよ、参った。お前があの黒目ちゃんにベタ惚れなのはよーく分かったから」
「じゃ、教え…」
「残念だけど、お前の期待してる答えは教えてやれそうにないな」
「なんで!?」
「俺にだってんなもん分かんねぇからだよ」
「なんだよーっ! 期待させといて結局それかぁ?」
 思いっきりカクーッとずっこけた俺の頭をまたまたポンと撫でてから、ヤツが悪戯小僧みたいな顔でニヤリとする。
「言っただろ? 俺に分かることなら教えてやるって。おまえらのパーフェクトはおまえらにしか分かんねぇよ。スキルアップしな。テクを磨け。ココロがパーフェクならあとはソレしかねぇだろ?」
 美帆さんの手から落ちたふたつ目のグラスが、シンクの中をゴロンゴロンと転げ回る。
 確かに奴の言いたいこともよく分かるけど、もしや打開策が?と期待した分だけ俺のショックは大きかった。振り出しに戻る、お疲れさまって感じ。
「まぁそう拗ねんなよ、いいモノやるから。誕生日プレゼント」
「いいモノ?」
「そ、言ってみれば…そうだな、…魔法の水、って感じ?」
 魔法の水? なんだそりゃ。胡散くさ〜。
 そいつは手元のショルダーから何やら紙袋を取り出すと、カウンターの下からそっと俺の手にその袋を押し付けた。ということは、美帆さんに見られたらあんまりよろしくないモノ…なのか?
「今日、俺が試そうと思ってたんだけどな。…しゃあないね」
 そう言ってヒョイとスツールを飛び降りた。美帆さんに向かって軽く手を挙げてから、思い出したようにくるっと俺を振り返る。
「そうそう、使い方な…」
 そおっと声を潜めて耳打ちされて……本気で倒れそうになった。
 マジで? ちょっと待って…っていうか、どうすんだよ、そんなもの!!
 俺にコレをどうしろっていうんだーっ。
 頭が混乱して、何が何だか訳が分からなくなった俺を見下ろして奴が笑う。ニヤリという音が聞こえそうなその顔は、絶対何か企んでる顔つきだ。
 気をつけろ。絶対まだ何かある。俺が考えもつかないような、とんでもないことが………、きっと………………

 俺は何て大バカヤロウなんだ。
 そのあと俺は何度も自分の間抜けさを、馬鹿さ加減を心底呪った。だが時すでに遅し。後悔先に立たず。
 何とそいつは公衆の面前で、というより、大事な大事な(しつこい)コイビトの目の前で…俺の唇めがけてキスしやがったのだ。

 珱以外の奴とキスしたことなんて無いから、すぐに反応できなかったってのが正直なところ。唇がとろんとあったかくなったあたりでようやく事態に気がついた。
 俺、もしかしてキスされてんの? 奴に? …………マジで??

 徐々に白くなっていく頭の隅に、美帆さんのヒィッと息を飲む音や、「バカモノーっ」と叫びながら、ヤツに向かって手に持っていた洗剤付きのスポンジを投げつける音が切れ切れに聞こえた。水気をたっぷり含んだスポンジがコンクリートの壁にぶち当たる音もすぐに聞こえた。けど。
 もう、……そんなことは俺にとって、この際どうでも良いことだった。







 仕事を終えて従業員用の出入り口に現れた珱は普通だった。
 いつもの調子で飯は何を食う、帰りが便利だからあそこにしよう、なんて簡単に相談していつもの定食屋に行くことに決めた。誕生日だからって特別な所にしようなんてどちらも言い出さないから俺たちはたいていこんな感じ、少なくとも俺は珱さえいれば場所なんて何処だっていい。

 珱の機嫌が悪かったらすぐ分かるし、話し方もボソボソ喋るのはいつものことだし、だから飯を食って部屋に戻って上機嫌で抱き締めようと思ったら腕に噛みつかれた時には、もうホントに、腰が抜けるほど驚いた。
「な、なに……?」
 クッキリ歯形の痕を撫でながら半分涙目でキレイな顔を見つめ返すと、珱はあっという間にご機嫌斜めになっていて。
 小さく「アホっ…」と呟いて俺の腕からすり抜けると、さっさと風呂場に姿を消した。居間にひとり、呆然と取り残される俺。
 これはかなり堪えるよ、だってこれからがいいとこなんだぜ? 俺、今日は王様のはずなのに、なんてこった!
 なんてメゲてる場合じゃない。ちゃんと原因を突き止めなきゃダメだろ。
「何だよ、何を怒ってる? 嫌なことがあるなら言えよ」
 風呂場までしつこく追い掛けると、珱は風呂に入るつもりなんか無いみたいにぼんやり突っ立っていた。さすがにこっちを振り向く気配はないけど、
「入ってくんなよ、…狭い」
 声に強い調子はない。本気で怒ってるわけじゃないからだ。
 ということは原因はアレだ、アレ。やっぱ見られてたか、チクショウっ。
「…見てた?」
「あたりまえやろ」
 そうだよな。俺からキスを奪ったあと、ヤツが颯爽と去った店内に漂う空気はただ事じゃなかった。特に俺と珱の事情を知ってる女の子連中の、俺を見る目の冷たいこと、冷たいこと。唯一俺に同情的な視線を向けてくれたのは美帆さんだけだ。
 ようするにその場にいた大部分の人間が俺たちのキスシーンを目撃したってことで、その中に珱が入っていないなんて、そんなラッキーなことがある訳無い。俺はへなへなとその場にへたり込みそうになるのをすんでの所で我慢した。
 …ったく、しっかりしろっての、情けねぇ。俺たち心はパーフェクトなんじゃなかったっけか?
 ゆっくり腕を伸ばして珱の肩を引き寄せた。珱も抵抗しない。少しだけ体を固くしたけど大人しくもたれ掛かってくる。後ろから軽く抱き締めると腕の中の体が動いて、自分から正面を向いてしがみついた。
 なんだか胸が痛かった。
 珱もきっと、どういう顔をしたら良いのか分からなかったんだ。俺が他のヤツにキスなんかされて、頭には来たけど俺のせいって訳でもないし、でも煮えくり返った腸の中身は収まらない。
 そういうことを珱は俺にすらまだあんまり上手く言い表せない。だから俺の顔をまともに見られなくて、ふいっとそっぽを向いてしまう。
 そんなことくらい、俺が知らないでどうするよ?
「見てたんなら分かるよな? …ゴメンな、俺も油断してた。冗談きついよ、マジで」
 あのヤロウ、今度会ったらぶん殴る!
 と思ったら珱は俯いたままクスッと肩を震わせた。
「アホ。アイツとしたキスのコトなんか気にするか。あんなの、お前が秀樹にすんのと一緒やろ」
 ええっ、そうかぁ? 秀樹とキスしたことはまだ無いと思うよ。っていうか、そういう問題じゃないんだろうな。
「じゃあ何がそんなに気になる?」
 そのまま珱が何か言い出すのを黙って待った。気長に待っていれば珱はきっと自分の言葉を見つけ出す。待つのは馴れてるから気にならない。
 俺をゆっくり見上げて、うんと迷った顔を見せたあとに…珱はようやく白状した。
「…お前ずっとアイツと喋ってたやろ、なんか真剣な顔して。最初は何か相談でもしてんのかなって思ってたけど、あんまりお前が真剣な顔してるからすげぇ気になって、そのうちだんだん腹立った……。俺には何にも言わへんくせに…何でアイツに、…って思って、」
 馴染みのある感覚が込み上げるのと一緒に、胸が鳴る。

 心臓が内側から熔けていくような、熱くて痛くてしあわせな鼓動。
 珱と巡り会って初めて、こんな感覚があることを知った。それから何度も、珱を見るたびに同じような胸の痛みを味わってる。
 仕事に夢中になってると思ってた珱も俺の方を見てたのか…なんてことが嬉しいんだから、俺ってヤツは本当にどうしようもない。

 俺はいつだって自分だけが珱のことを見つめてると思い込んでる。それは間違いなく俺の自信になってるし、俺にとって何より大事なことだ。
 でもホントはそうじゃないって、珱はこうして時々気づかせてくれる。
 見てるのは俺だけじゃない。惚れてるのも俺だけじゃない。
 『そんなことぐらい、ちゃんと知っとけ』って。

 こうして俺たちはまた恋をする。
 繰り返し繰り返し、俺たちは何度もお互いに恋をするんだ。

 


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プチ浮気というより奪われた。バカモノ…………。