一緒に居間に戻る頃には珱の機嫌も治っていて、やっと誕生日の夜って雰囲気になってきた。ソファの上で本気になりかけのキスなんかして、盛り上がりかけたらどっちかがかわす、みたいなくすぐったい遊びを繰り返す。
 珱の背中に腕を回して支えながら頬に耳に音を立ててキスをする。珱が笑いながら俺の頭を軽く押し退ける。今度は珱が体を目一杯伸ばして唇を近づけるのを、指一本で遮った。
「したくなって来た?」
「…ん、……」
「なぁ、珱」
 この空気を自分からぶち壊すのはかなり惜しかったけど、俺は勇気を出して切り出した。
「あいつと話してたこと、言わなきゃダメか?」
「別に。言いたなかったら無理には聞かん」
「言っても怒んないなら言うけど…」
 珱がちょっぴり余裕のあるところを見せる。
「お前のすることにいちいち怒るか。こっちの身が保たへん」
 大きく出たな。じゃあ言うぞ。
「実はアイツにお前のカラダを満足させてやってるかって訊かれて、そこからパーフェクトなHって何だって話になってさ……」

 顔色が。珱の顔色が変わって行く。
 みるみるうちに、ハッキリと。
 ほら見ろ。だからわざわざ訊いたんじゃないかよ、「怒んない?」って……。

 正直に言うと、俺はこの時覚悟した。珱が烈火の如く怒り出して俺を部屋から叩き出す光景を頭の中に思い浮かべる。これまで何度も地雷を踏みまくって来たから、怒った珱の顔を改めて見なくてもすぐに思い出せるのはちょっと切ない。
 驚いたことに珱は意外なほど冷静で、怒ったりなんかしなかった。
「……で?」
 珱のよく通る声が静かに響く。
「パーフェクトなHってなに? そんなもん他人に聞いて分かるものなんか?」
「ん、アイツにもそう言われた。俺らのパーフェクトは俺らにしか分からないってさ」
 フッと笑う気配がする。
「だからするんやろ。したいと思うんやろうが…」
 眠る寸前みたいなため息を吐いて、珱はアホやね…と小さく呟いた。


 真っ黒な髪を掻き上げてまんべんなく項に唇を押し付けながら、掌でゆっくり背筋をなぞる。
「ふぅ…っ」
 珱が小さく息を吐いてシーツを軽く握り込む。その手を上から包んでしっかり握る。触れ合う肌は溶けてしまいそうなほど熱く、俺を否応なしに先へ先へと駆り立てる。
 もっと先の。もっと高い所。
 こうして珱を抱き締めていると、いつも自分が違う生き物になってしまったみたいに感じる。早く欲しくて、早く珱を感じたくて、気持ちばかりが先走って怖いくらいだ。
「いつき…」
 掠れ気味に俺を呼ぶ声。ふと手を止めてしまった俺を、珱が心配そうに振り返った。
「どうした…?」
「ゴメン、何でもない」 
 ちょっと冷静になろうかな、なんて思う方がどうかしてる。そんなこと、出来るわけないよな。
 珱の腰に手を添えて引き上げて、硬くなり始めているペニスに触れる。指で強く擦りながら掌を滑らせるとそれは見る見るうちに上を向いて、珱が受け取っている快感を俺に教えてくれた。
「んっ、ん!」
 小刻みに体を震わせて快感を我慢しようと息を飲む。さらに力を込めて扱くと珱は抵抗するみたいに身体を捩って呻いた。
「や…いつ、きっ、…」
 首をゆるく左右に振って嫌がるのを無視して追い上げながら、届く所すべてにキスを落として行く。痕を付けるなんて今までしたことがないのに、気がついたら俺の唇が触れた軌跡が褐色の肌に点々と残されていた。
 俺もどうかしてる。自分で思ってる以上に歯止めが効かなくなってるんだと思う。
 珱の体を仰向けたり裏返したりしながら舌でなぞっては、所々に歯を立てたり。丁寧にそれを繰り返していると、珱の声がだんだん潤んで来るのが分かる。試すみたいに少しずつ解放されて行く、愛おしい存在。抱きしめたいと思う。見えるところだけじゃなくて、見えないところも知らないところも何もかも、全部。
「ちょっと待ってて」
 軽く唇にキスして、少しだけ珱のそばを離れた。ベッドの下に転がしてあった紙袋を持ち上げて中身を取り出す。中身は…いわゆるそういうときに使うローション。ったく、コーコーセーに何てモノくれるんだろうな、あのオヤジは。
 珱は不安そうな顔で微かに眉を顰める。
「なに…?」
「もらったの、アイツに。誕生日プレゼントだって」
 ちょっと照れ臭くなって思わず早口になる。
「これ使うと…楽だって。って言うよりイイ、らしい」
「…マジ?」
「嫌? 嫌なら止める。オマエの嫌なこと、俺はしないよ」
 これは本気、珱も知ってる。
 それを知ってるから珱もこんなふうに笑うんだ。
「パーフェクトな何とかへの探求?」
「もういいよ、俺が悪かったってば…」
 何とも情けない気持ちになって頭を垂れると、珱はまた可笑しそうにクスクス笑った。その旋律は涙が出そうなほど心地良い。
「憶えてるか? 中学ん時に初めてお前とセックスしたとき…俺言うたやろ、お前のすることは全然怖ないって。ずっとそう、…今もそう。変わってへんから」
「そんなこと言ったっけ?」
「もう忘れたんか?」
 忘れるわけないだろ。あの日のことは全部憶えてる。


 珱は固く目を瞑ったまま自分で膝を持ち上げてくれた。掌に液を取って少し待ってから少しずつ後孔を濡らしていく。指が肌に触れる度に、珱はビクッと身を縮めて小さく声を漏らした。
 いつもと全然勝手が違うから、それだけで心臓がバクバクいってる。恐る恐る試しながらだから動作があまりにも緩くて、珱が焦れるみたいに大きく腰を捩らせた。
「斎、なんか変…」
「ん?」
「熱い…、それ、塗ったトコ…あつ…」
 泣きそうな顔でそんなこと言うのは反則だと思う。


 額を擦り合わせるみたいにして顔を近づけながら、ゆっくり中へと進む。
 いつもの何倍も湿った音がヤケに耳について、頭の中にまでその音がじわじわと染み込んで行く。
 珱の内側は灼けるように熱い。それが使った液体のせいなのか俺の意識が変なのかもう判別出来なくて、ただ吸い付くように俺を包んでくれる、しっとりと柔らかな襞の感触だけがリアルに記憶に刻まれる。
 気がつくと、珱が繰り返し俺の名前を呼んでいた。
「いつっ、斎…待っ、て」
 感じてる時とかイク時とかに俺の名前を呼んでることを、たぶん珱は自分で気がついていないと思う。その声は耳で聴いているのか、体で聴いてるのか解らないくらい近くて遠いところから聞こえてる。答える代わりに突き上げると、声は一瞬で高い悲鳴に変わった。
「あ、あ、…んっ」
 背中に指が食い込んだのは一瞬で、まるで電気が走ったみたいに珱の腕が跳ね上がる。それを受け止めて指を絡ませると、やがて組み敷いた身体が小刻みに痙攣し始めた。
「…ウソ、みてぇ……っ、俺」
 珱が何かを言いかけて息を飲む。言葉が上手く繋がらないんだろう。それはいつもの言葉を飲み込んでしまう癖じゃなくて、ホントに息が続かないんだ。
 珱が自分でもコントロールが効かなくなるくらい感じてる。今までこんなことほとんど無かったのに。
 自分で思っていた以上に嬉しさが込み上げてきて、そんな心の動きに自分で驚く。胸が絞られるみたいにズキズキ痛んだ。
 好きだから抱きしめたい。それで気持ちよかったらもっといい。
 やっぱそれがサイコーだもんな。
「大丈夫?」
 訊くと、俺の動きに合わせて身体を揺らしながら、真っ黒な瞳をゆらりと上げる。
「ん、ちょっと怖ェ、かな…」
 びっくりするくらい正直な答えが返ってきて、こんな切羽詰まった状況なのに笑ってしまいそうになった。
 大丈夫、安心しろって。お前を抱きしめてるのは俺だから。
 口に出したつもりはないのに、心の中でそう思った途端、珱がふわりと笑んだ。
「斎、…」
 焦点が弛むくらい間近で「ん?」と目だけで聞き返すと、唇が少しだけ動くのが見えた。
「あ、い」
 あとの言葉は吐息に紛らせてしまったけど、最後の瞬間珱は今まで俺に見せた中でいちばん照れ臭そうな、最高に幸せそうな笑顔を見せてくれた。



「…生きてる?」
「………」
 少し白み始めた窓を見るともなしに見上げながら、ぼんやりと珱を呼んだ。まだ半分夢の中だから本当に呼んでるのかどうか自分でも自信がない。最後はほとんど意識を飛ばしてたみたいだから、珱も目が覚めてるとは思えないし。
 なんてうつらうつらしながら考えていたら、微かな声が聞こえてきた。
「明日、俺何にもせぇへんから」
 ため息より霞んでる。口を開くのも億劫って感じで。
「ん?」
「お前が世話しろよ、…最初の時みたいに」
 一瞬何のことか解らなかったけど、ようやくああ、と合点がいった。途端に涙が出そうになった。可笑しいやら、嬉しいやらで。
 ニヤニヤするのを止められないまま顔を覗き込んで、ぶすっ尖らせた珱の唇を軽く塞ぐ。
「もしかして、動けない?」
「…多分な」
「了解、了解。任せとけって」
 何でもしてやるよ。最高のバースデープレゼントをくれたお返しにさ。







 そして俺たちは次のステージに進んで行く。
 急ぎすぎたらちょっと怖い。なかなか進まなければ焦れったい。少しずつ、探りながらもっと強くもっと深く、欲しいものを欲しいだけ。
 それは俺たちだから出来ること。俺たちにしか出来ないこと。
 この世に生まれてから16回目の夜、腕の中で微睡む珱を見つめながら、これがホントの意味でアイシテルってことなのかな、なんて……俺はまた輪郭がぼやけ始めた意識の隅で、そんなことを考えた。



めでたしめでたし♪


少年は道具(裏)を手に入れた、チャリラリラン♪


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