マンションを出ると、外は雪が降っていた。
 どうりで昨夜はやたら寒いと思った。このベンチに座ってたときなんか、本気で凍えるかと思ったもんな。
 斎は今日も変わらず元気に早起きして、まだ用事が残ってるからと言いながらちゃんと学校に行った。俺はといえばこれまたいつも通り、目が覚めなかったからなんていうどうしようもない理由を付けて、こうして昼になろうかというころようやく斎のマンションを出る。
 肩を寄せ合ってお互いのしっかり手を握りしめて、昨夜俺達はこの公園にいた。
 ひょんなことから斎のホントの年が分かって、斎は混乱して、俺も混乱して、でも大事なことはどう考えてもやっぱりひとつしかなくて……
 つい半年かそこらより以前、俺と斎はまだお互いのこと全然知らなかった。春頃初めて斎に声を掛けられたときは、正直言ってうざったかった。変なヤツって思った。
 いつのまにか、気がついたら俺達はものすごく近い距離にいた。手を伸ばせばすぐ届く、お互いの一番大事な場所に。 
 それまでの俺は誰のことも、もちろん自分のことだってひとつも好きじゃなくて、すべてに背中を向けて生きているつもりだったんだから、自分でも本当に都合のいいことを言っていると思う。
 だけど本当に大切なものを知らないままでいるよりはずっといい。
 斎が大事だって言ってくれる、そのことが俺を少し強くする。やらなきゃいけないことを教えてくれる。

 そんな風に思える人に出逢えたのは、運命よりもっともっと偶然の…………ちょっとした奇蹟なのかも知れない。



(1)

 母がいないことを祈りながら家に帰って、急いで着替えてまた飛び出した。
 ここのところ『GREEN DAY』は正気じゃないほど忙しくて、今週から俺はいつもより1、2時間早めに出勤するようにしている。そうしないと店内のメンテナンスやらステージのセッティングやらが間に合わないのだ。
 地下鉄を乗り換えて渋谷の店に向かう。店に着いたらまだ4時にもなっていないのに、もう数人が出勤していた。
「オハヨウ、ゴザイマス」
 小さく頭を下げて皆がたむろしているミーティングルームを通り過ぎようと思ったら、店長の美帆さんが大きく手を挙げて俺を呼んだ。
「窪塚くん! いいところに来たっ」
「なんですか?」
「ちょっと、いいから、来て」
「はぁ…………」
 正直言って気が進まない。
 美帆さんはいいとして、その他にいるのが女の子ばかり4、5人だからだ。
 ここで一緒に働く従業員に嫌いなヤツはいない。美帆さんの人選がいいのか人徳なのか、これだけ人数がいればひとりくらいはと思うのに、ムカツク奴はひとりもいない。
 腹の立つことを仕掛けてくる奴も、もちろんいない。
 でも俺の、他人が苦手なことに変わりはなくて、悪いと思いながらもつい避けよう避けようとしてしまう。女の子となればなおさらだ。
 みんな俺が17、8でフリーターだって信じ込んでるから、自分たちが俺より年上だと知らずに告られることがある。
 そういうとき、たとえば斎なんかは見事なくらい上手く断るのが、俺には出来ない。あれでホントは14だなんて、本人の口から聞いたんでなければ信じないくらい、そういうところは俺なんかよりずっと大人びている。
 それは才長けているというより斎の優しさからくるもので、だからたとえ断られても相手の女の子は例外なく斎と友達になる。
 俺はといえば……たぶん俺が振ったのが原因で辞めたんだろうと、心当たりがあるのが、3人? ……4人? 我ながら情けなくなるから、できれば思い出したくない。
 こんなに気まずい思いをするくらいなら多少誤解されても無愛想な方がまだマシかも、といい加減で俺も腹を括って、店の女の子が集まるところにはなるべく近づかないようにしているのだ。なのに。
「あ、窪塚くんだ! ヤッターっ、ラッキー!」
 キッチンスタッフのえりか大きな声で俺を呼ぶ。このえりかという女の子、本気かどうかは知らないが誰彼構わず俺を好きだといって憚らない、とりあえずいちばん避けたい子で。
 許されるなら走って逃げたいくらい後ろ向きな気分で、俺は部屋へ足を踏み入れた。
 俺のために用意されたのはご丁寧に美帆さんの横、車座に座ってるからどこに放り込まれても女の子に囲まれてることに変わりはない。
 斎、俺は今、お前のことがものすごく恋しい、気がする。すごくすごく必要としてるよ、マジで。
 なんて、埒もないことをぐるぐる考えていると、美帆さんがいきなり俺の手を取った。
「窪塚くんって指細いよね。サイズいくつくらい?」
 なんなんだ、唐突に?
「今さぁ、真美ちゃんのカレシの指輪のサイズ、どうやって測るか相談してて、とりあえず店の男の子の平均でも出してみるかって話してたとこなの。向こうがちっともくれないから、自分であげるんだって」
「なんてカワイソウなあたし!」
 フロアスタッフの真美子が言葉とは裏腹な、嬉しそうな顔で笑う。
 ああ、そういうこと。クリスマスだしな。
「指のサイズ、って言われても、知りませんよ。指輪なんてせえへんから計ったこと、ないです」
「そういえば指輪してるの、見たこと無い」
 またもやえりかが大声で叫ぶ。
「あたし、あげるぅ! 彫金教室で作ったらしてくれる?」
「しない」
「うわっ、切って捨てられてるよ、バッサリ」
「くぅ〜っ、こういうトコが良いんだよなぁ、また」
「窪塚くん、気にしないで良いよ。アレは発作だから、発作」
「知ってる…………」
「ひどっ」
 えりかの声に全員がドッと笑った。……憎めないっていうか、悪気がないっていうか、アッケラカンとしてるっていうか、俺はふと、えりかとなら友達になれるんじゃないかと……何となく思った。
 まだ止まらない笑いの発作を堪えながら、美帆さんが俺の方を向く。
「ちょっと、これしてみて」
 言いながら右手の人差し指から指輪を抜き取って、俺の手を強引に引き寄せる。
 ちょっと待って、いくら何でもそれは入らないでしょう。だってそれ、女性サイズだろ?
 美帆さんはエラく真剣な顔で俺の手を取って指輪を構えている。
 ダメだって、入ったら怖いよ。いくら細いったって、限度ってもんが………ある、はずで、…………………………入った。
 入ってるよ。いちばん細い左の薬指、だけど。
 気のせいか、部屋の電圧が急に下がったような。誰も何も、さすがのえりかすら声もない。一瞬遅れて、他の誰かが口を開いた。
「ほそっ…………」
「何号ですか、それ……?」
「13号…………」
「……う、そぉ」
 いいけどさ、怖いものでも見るような目つきで俺のこと見上げるのはやめてくれ。
 俺は格好の餌を与えたらしい。女の子達の話は留まることを知らない。もはや本人そっちのけでもしかしたらあたしのTシャツ着れるかも、だの、ブレスレットが抜けて落ちるだの、好き勝手なことを言い出して。
 どうでもいいけどえりかのTシャツが着れるわけないだろ? 俺の身長、何センチあると思ってる? 13号ってそんなに細いのかよ? っていうか、俺の指が細いのは俺のせいじゃねぇよ。
 それよりもっと以前に、俺のこと肴に盛り上がるのは勘弁してくれ、頼むから。

 俺はその日バイトの間中、そんなことばっかり繰り返し繰り返し考えていた。



(2)

 クリスマス当日は店が定休日だけど、クリスマスイブはバイト。
 当然だ。こんなに忙しいときに休もうなんて思っちゃいない。だから斎が出掛けに帰る時間を聞いてきたときにはちょっと驚いた。
 そりゃ、毎日いったんここに戻ってはくるけど、ホントは俺ん家、ここじゃないんだってこと……憶えてる?
「なんでそんなこと聞く?」
「なんでって、今日はクリスマスだし、恋人同士は一緒にいるものなの」
「ああそう」
 それだけかいっ、と追いすがる斎を置き去りに、俺は斎のチャリンコを奪ってさっさと家を後にした。
 無免許で乗り回してた原チャリをずいぶん前にナンバーを外して両親の家のそばに捨ててから、俺はたまにこうして斎の自転車を借りてバイトに出掛ける。いつも借りてるお母さんのじゃなくて、マンションに置いてある自分用の折り畳み自転車だ。
 バイクのこと、斎には壊れたから廃車にしたって言ったけど、ホントのところは捨てたわけだ。いい気になって無免許でバイクを乗り回すより、斎のチャリに二ケツする方がずっといい。
 無理に二ケツしたいってワケじゃないけど……荷台に乗って広い背中を見ながら風を切るのは嫌いじゃない。
 チャリに二ケツで帰るとき、斎は俺を必ず後ろに乗せる。俺の後ろに乗ることは絶対無い。どうしてだって聞いたら「どうしても」と言い張って譲らなかった。
 別にムキになって争うほどのポジションでもないし、乗せてもらう方が楽だし、今じゃ俺も当たり前みたいな顔で最初から荷台に乗っかるようになった。その上、チャリが必要な遠出するときはたいてい一緒に出掛けるから、俺はいつもお気楽な身分。
 だから今日はホントに久しぶりに自分の足でペダルを踏んでる。
 こうして自分でチャリンコ漕ぐ方が珍しい、なんて甘やかされすぎだよな、きっと。

 
 店は相変わらず忙しかった。イブともなれば、いくら『GREEN DAY』といえど予約客を取らないわけに行かなくて、瀬田兄は苦肉の策で完全前売り制のクリスマスライブを企画した。2バンドを交替で全5ステージ。楽器の入れ替えだけでうんざりするほど大仕事だ。
 俺はなぜか瀬田兄からステージセッティングを全面的に任されて、他の従業員に指示しながら機材を設営するハメになった。
 ステージとステージの間のわずか数十分で楽器を入れ替え、モニターをチェックして、照明の位置を確認してと、アタマが飛びそうなほど仕事が山積み。このときだけはキッチンから応援を廻してもらわなきゃ、とてもじゃないが手が足りない。
「大丈夫?」
「ああ、なんとかな。まだやらなアカンことは憶えてる。そのうち忘れるかも知れん、けどっ」
 応援のえりかが俺の顔を心配そうに覗き込むのを、モニターを移動させる振りをして遮った。
 さすがにえりかの激しいラブラブ攻撃を真っ正面から受けて立つ余裕は、今の俺にはない。とりあえず何も言わず、大人しく働いてくれ、頼むから。
 祈るような気持ちで振り返ると、えりかはステージの上で蹲っていた。おいおい、なに遊んでる? と怒鳴りそうになるのを慌てて飲み込む。
「どうか、したんか?」
 なんとかそれだけ口にする。女の子相手に怒鳴ったりしたら、あとで斎になんて言われるか。えりかが驚いたように顔を上げた。
「……ううん、何でもない。ちょっと、クラッと来た」
「貧血か? ええよ、休んで。これ運んだら終わりやし」
「大丈夫。あたしが貧血なんて起こすはずないじゃん」
「……まあな」
 思わずそう言った俺にひどい、と抗議してさっと立ち上がる。
「さ、これ片づけて終わりだ、終わり! ラストステージィ!」
 いつものえりかだ。なんだ、変な顔するから何かあるのかと思ったぞ?
 ああ、いけね。下らないこと喋ってないで、必要のない機材を運び出さなけりゃ時間が無くなる。 
「悪いけど、そっち持ってくれへんか? コレはさすがに一人じゃ動かん……」
 もう一度振り返ったとき、えりかは床に転がっていた。

「おい、えりか? おいっ!」
「お腹、痛〜い……」
「腹? 腹がどうした?」
「ゴメ……、たぶん、盲腸…………」
 なんだって?

 救急車が到着するまでの間、俺はミーティングルームのソファに寝かされたえりかを何度も見に行った。
 具合が悪かったなんて全然気がつかなかった。昼過ぎからずっと一緒に仕事してたのに、えりかは一言も辛いとか言わなかったから。
 体を丸めて額に深い皺を寄せて、苦しげに浅く息をするのを見ていると、自分のバカさ加減が身に染みた。
 俺が悪い。確かに様子が変だったのに、忙しさにかまけて気にも留めなかった。あのときちゃんと聞いてやればもう少し早く病院に連れて行ってやれたかも知れない。
 瀬田兄や美帆さんや他のスタッフが俺のせいじゃないって言ってくれても、自責の念は晴れなかった。
 どうもえりかは朝からすでに調子がおかしかったらしい。以前に盲腸になりかけて、なぜか治って、いつかはもう一回くるだろうと思ってたと、青ざめた顔色で弱々しく笑った。店が忙しいときだからと、無理に仕事に出てきたんだ。
 盲腸になりかけて治るなんてあるのかよ? と思ったけど、スタッフの中にもうひとり体験者がいるところを見ると、あながちえりかの思いこみとも言い切れない。
「俺、ステージの片づけ誰かに任して、病院付いてくから」
「いいよ、来なくて。大丈夫、死にやしないって」
「そんなん、わかるか。片づけくらいなんとかなるから。あとで戻ってきたらええんやし」
 えりかはかたくなに首を横に振る。
「だめ、なの……。帰んなきゃ、待ってる、んだからっ……ッたた、……」
「なに?」
「まっすぐ帰る……、いい? 絶対、約束し」
 そのとき急に表がざわついて、ハッと気付いたら担架を抱えた救急隊員が部屋に入ってきて、きびきびと手際よくえりかに質問して、ものの数分も経たないうちに運び出してしまった。
 その早業といったら目を見張るものがあって、俺は呆然としてるうちにあっさり置いて行かれて…………瀬田兄が病院に付き添って行ったこと、えりかはやはり盲腸で、我慢しすぎて危うく腹膜炎を起こすところだったことをあとから聞かされた。

 たぶん俺は見るからにしょげていたんだと思う。美帆さんやスタッフが本当にかわいそうなえりかだけじゃなく、俺にまで同情してくれるくらいに、だ。
 情けないけど、堪えきれなかった。平気な顔なんて出来ない。
 皆が勧めてくれるまま、俺は閉店時間を待たずに、戦争状態の続く店を後にした。


 人も車も道からはみ出るほど溢れかえって混雑する雑踏を走り抜ける。ペダルを踏みしめるたびに、苦しそうに俯くえりかの顔が浮かんでは消える。
 その顔が不意に、笑ってる斎の顔と入れ替わる。

 そっか、おまえのせいだ……。

 こんな風に人の痛みを感じるようになったのは、斎と出会ってからだ。それまでの俺ならたぶん、たとえ同じことが起こったとしても、こんなに胸が痛くなることはなかっただろう。
 俺は少しずつ何かを取り戻してる。忘れていた、忘れちゃいけなかった大事な何かを。
 それは苦しいけれど、幸せな痛みに違いない。

 早く、斎に会いてェ……。 アホ斎、さっさと助けに来い、チクショ………………
 自転車を漕ぐスピードを限界まで上げた。
 
 マンションのそばの公園に差し掛かる。ぽつりぽつりと灯る街灯の脇を猛スピードで通り過ぎる。
 不意に人影が目に入った。
 マンションの玄関のほんの少し手前、最後の明かりが灯る辺りに。

「斎っ、」
 思わず叫んだ。自転車を漕ぐのがもどかしい。このまま放りだして走っていきたい。
 斎が顔を上げて手を振る。ゆっくりとこっちに向かって走り出す。
 来なくていい、待ってて、そこで。俺が行くから。
「いつ、き……っ」
 もう一度呼ぶのとほとんど同時に、自転車が派手な音を立ててふっ飛んで…………
 俺はただ夢中で、大きく広げられた斎の腕に真正面から飛び込んだ。


「美帆さんから電話もらって……、えりか、大丈夫だったって?」
 背中に力強い腕が回る。俺をしっかり抱きしめる。俺は何にも言えなくてただ、懸命に首を振る。
「お前は? 大丈夫?」
 俺は盲腸にもなってないし、どこもどうにもなってない。ただちょっとクラクラして、こうして支えてもらわないとこのまま道にへたり込みそう。
 後ろから斎の笑い声。
「重い、です。デッカイ子供です」
 そうだな、俺も…………そう思う。

 俺があんまりしがみついて離れないものだから、斎は仕方なく図体のデカい荷物を引きずるようにして何とか部屋まで運び込んだ。
 俺はといえばもうそれはどうしようもなく正気に戻っていて、恥ずかしげも無く往来で斎に抱きついたことを思い切り後悔したりして、頭の中は相変わらず混乱したままどうしていいか分からない。
 斎はクスクス笑いながら、そんな俺に何も言わず着替えを出して、飯を食わせて、風呂を沸かしてくれた。
 変な気分。すごくすごく、なんていうか変な気分だ。体がフワフワ宙に浮いたみたいでどうにも心許ない。
 斎の顔を見るのが照れくさくて、さっきから顔も上げられない。えりかがしきりに「帰れ」って繰り返していたのも妙に気になるし。
 斎も心なしかそわそわして見えるのは気のせいだろうか?
「なぁ、斎……」
「ん?」
「えりかがな、」
 言いかけて、やっぱり言葉を飲み込んだ。病人の譫言だし、意味なんて無いかも知れない。
 と、斎がいきなりパッと顔を上げた。
「あの、さ」
「ん?」
「コレ」
 俺の前にニュッと手を突き出す。つられて視線を落とすと、手のひらの上に銀色に光る丸いものが見えた。思わず斎の顔と差し出された手のあいだを、視線が何度も往復する。
「……なに、これ?」
「やる」
 言葉に詰まって、また手のひらに目線が戻る。
 そこには、指輪がひとつ、ぽつんと乗っかっていた。
「俺に? これを?」
 これじゃ俺、まるでバカみたいだ。そんなに何度も聞き返さなくたって、ここには斎と俺しかいない。
 でも聞き返さずにいられない。心臓が破裂しそう。
 斎の手のひらにちょんと乗っかるそれは、中央で輪っかが二本クロスして、真ん中に刻印のような百合の紋章が刻まれている……シンプルだけど存在感のあるデザインのシルバーリングだった。
「クリスマスだしな…………」
 声が小さい。いつもよりずっと声が小さいよ、オマエ。
 アリガト、とか言えばいいのにどうしても言葉が出てこなくて、俺は黙って斎の前に右手を差し出した。
 なのに手を宙に浮かせたままじっと待っても待っても、斎はいっこうに指輪を渡してくれなくて。どうなってんだよ、まだ何か問題があるのか、とイライラし始めたところにぽかんとした声が降ってきた。
「…………俺が、嵌めんの?」
 本当に、マジで気を失うかと思った。
 そうだよな、オマエの言うとおりだ。普通はそのまま受け取るよな。手の甲を相手に向けて差し出したら、それは「嵌めてくれ」って意味だ。
 でも、俺は……こうしか思いつかなかったんだよっ! チクショウ!!
 いったん出した手を引っ込めるわけにもいかなくて固まったままの俺の手を、斎がゆっくり掴む。
 触れ合う指の先まで溶けそうに熱い。中指に冷たくてあったかい感触があって………
「………………アレ?」
 なんとも間抜けな斎の声と同時に、その感触が第二関節あたりでぴたりと止まった。
 少し間をおいて、リングが指から離れていく。
 もう一度、始めからな。そうそう、落ち着いて、ゆっくりでいいから。
 ほら、入……、らない…………………… 
「アレ??」
「斎………………」
 声のトーンが一気に下がるのが自分で分かる。
「な、ナニ?」
「オマエ、俺の指輪のサイズ、どうやって測った……?」
「えっ……」
「難しいよな、そういうの、本人にわからんようにさり気なーく測るなんて」
 俺の頭の中にある記憶が蘇る。そう、つい最近、そんなことがあったよな、確か。
 斎は凍ったままじっと俺を見つめている。
「オマエ、誰に、なにを、言った?」
 睨みつけながら、右手と左手を入れ替える。それと分かるように大袈裟に指を動かしてそこに嵌めろと促すと、斎はカタカタと音がしそうにぎこちなく、言われたとおり俺の左の薬指に指輪をそっと差し込んだ。
 あいつら〜〜〜っ、みんなグルだったのか!!
 細いと指摘された俺の左手の薬指に、斎のくれた指輪は誂えたようにぴったりと収まった。まるで生まれたときからそこにいる、みたいな顔をして。
 どおりであんな非常事態の中、えりかが、美帆さんが、他の奴らがみんな、帰れ帰れと繰り返したはずだ。
 バレバレなのか? なにが? ドコまで? ああ、アタマが混乱して……
「俺はただ、珱の指って指輪が似合うと思うんだけど、って言っただけ…………」
 斎の声が情けなく萎んで掠れていく。
 男が男に指輪を贈るってだけで相当おかしいのに、迷いもせずエンゲージサイズを教えるってのは、それだけでバレバレだって証拠になんねぇか?
 ダメだ、熱出そう。少なくとも女の子連中にバレてるのが分かってて、俺が平気な顔できるわけないだろ?

 ぐるぐる考えてる俺の思考を遮るように、唇に斎の唇の感触が降りてくる。
 キスなんかしてる場合じゃないよ。
 どうすんだよ、これから。
 えりかはこのまま年が明けるまで入院すんのかな?
 ハッと気がついたら、俺の両腕は斎の首の後ろあたりで重なり合って組まれてて。
 美帆さんは瀬田兄に内緒にしてくれるだろうか?
 でもそんなことどうやって確かめるんだよ?
 う、わっ、そんなとこいきなり触るな、ジーンズ脱がねぇと痛ェんだよ…………
 とりとめのない考えが、頭の中に終わりのないループを描いてる。

 あ、ヤバい。すげぇ気持ちいい…………


 
 呼び慣れた名前を繰り返しながら目を開けると、ハッキリしない視線の先で光る銀色が、全然問題ないだろ?って感じでいつまでもユラユラ揺れていた。


 聖なる夜が更ける。
 俺はいつまでもいつまでも熱を持っていて、その熱を与えるのか奪い去るのか分からない指をどこまでも追いかける。
 俺達がこれからどこに向かうのか、そんなこと誰にも分からない。分からなくてもいいことだ。
 出逢って、恋に落ちて、歩き出す。
 それ以外に必要なものなんて、ないんじゃないかって思うから。


 手を伸ばしたら絶対に届く。そう信じてる俺達がココにいる。




end



 onyxを書き終えて 

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