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「ありゃ〜、こりゃまたすげぇな……」
事務所に届いた季節ものの荷物の山を見下ろしながら、斎がため息混じりに呟いた。
時は2月。バレンタイン。要するにそういうことだ。
「『GREEN DAY』のころも凄かったけどさ、やっぱメジャーは違うよな」
「……ヘンなとこで感心すんなよ。マジでどうすんねん、コレ」
中身は間違いなくチョコレートであろう、山と積まれた派手な包装紙の前で、思わずため息が出てしまった。
でかい段ボール箱に3箱分、くらいはゆうにある。まだ昼前だからもっと増えるかも知れない。俺はもう一度ため息を吐いて、かわいそうなくらい無造作に箱に突っ込まれているプレゼントのひとつを手に取った。
コレだってきっと誰かが一生懸命選んでくれたものだ。デビューから約3ヶ月、どこで調べてくるのか、『追っかけ』みたいなファンは日増しに増えて、事務所と言わず番組と言わずいろんなところにこうしてプレゼントが届くようになった。
中身は様々だけど中にはびっくりするほど高価な物もあって、嬉しいけど使えないから良心が痛む。捨てるわけにもいかなくて、結局事務所に置きっぱなしにしているものがほとんどだ。
スタッフたちは俺のことを神経質だって笑うけど、そういうこと考えずにいられないほど、俺はまだ他人の好意に慣れてないのだと思う。
「まーた、考え込んじゃって。なに? ドウした?」
斎が隣にしゃがみ込んで聞いてくる。ったく、よく見てるね、オマエって。
「コレってさ、ここで開けるのか? 持って帰る? 置くとこないか……」
俺は今実家で暮らしていて、部屋はそんなに広くない。寝に帰るだけだから多少狭くなってもいいと言えばいいんだけど、そうすると開ける時間が……
「いいじゃん、俺んとこ持って帰れば。チョコなんて腐るもんじゃねぇし、ウチでゆっくり開ければ? 渋谷のあと、こっち戻ってくんだろ、取材で? どうせ兄貴たちももうすぐ来るし、手持ち出来ない分は送ってもらえばいいじゃん」
「そやな。そうするか……」
斎はこともなげにそう言ってくれて、ホッとした。
去年の11月にメジャーデビューした『JUDE』は今まさに認知度アップ作戦の真っ最中、2週間後に発売になるファーストアルバムの宣伝活動で大忙しだ。
ラジオ、取材、キャンペーン回り……根回し済みのところだけでなく、ちょっとマニアックな音楽番組や雑誌がこぞって俺たちのことを取り上げ始めてる。それこそ『JUDE』の狙ってるところで、この期を逃さず打って出なきゃならない、大事な時期だ。
これはまったく瀬田兄の力によるところが大きい。それこそ満を持してのメジャーデビューに向けて、2年以上前から準備をしてきたんだから。
人前で喋るのは苦手、なんて言ってる場合じゃなく、俺たちはこれからスペイン坂でラジオの生出演。ガラス張りの向こうの人だかりを眺めながら、俺にとってはそれこそ針の筵のような苦行が待っている。想像しただけで気が滅入ってしまった。
「マジで、行きたくねぇ〜……」
「まーだ言ってるよ、この人」
そういって斎に笑われるのが、いつものことになってしまった。
「誰もオマエに喋らせようなんて思ってないって。黙って座ってりゃいいだろ? いつもみたいに」
「イヤ、今日は脅されてる、コウさんに。パーソナリティが俺に興味あんねんてよ。今日喋らんかったら、次のシングルはオンリーでアップにしてやる! って、もうサイアク……」
「それ、すっげ面白い! それ見てぇ、マジで」
「死んでもイヤ! 歌の邪魔になるからって、シングルのジャケ写、ヒトの首から上ちょん切ったんはどこの誰や?」
この一言は斎の笑いのツボを直撃したらしい。大きな体をふたつに折って笑う、笑う。クソ、アッタマ来る! 人ごとだと思いやがって!
コウさんというのは元『JUDE』のヴォーカルで、現在はブレーン……というより、頭脳そのもの。イギリス帰りの切れ者だ。
初シングル用に撮りおろしたフォトを一目見るなり、「ヴォーカルの顔、綺麗すぎて邪魔だね。切っちゃおう」と言って、俺の顔はあっさりジャケットから消えてなくなった。
俺はいい。むしろ助かったとすら思う。いくらフロントマンだからって、いつも一人だけ目立つ位置に追いやられるのは正直言ってまだ辛い。
恐ろしいのは……いつかコウさんが「じゃ、そろそろ顔、売り物にしようか?」って言い出すんじゃないかということで。
そんな日が来ないことを俺は心の底から望んでいる。
事務所の一角にある応接室のソファに移動して、斎と二人、プレゼントの山の解体に取りかかった。ここはフロアとはパーテーションで仕切られているから、斎と二人でいるには気が楽な場所だ。
肩が触れ合う位置に並んで座る。人の目がなくなると自然にそうなるのは何故なんだろうな?
よく磨かれたローテーブルの上にいくつかプレゼントを並べると、斎は手際よく端からそれを開け始めた。俺も横から手を出して、リボンやら花やらをひとつひとつ解く。
丁寧にエアパッキンで梱包されたもの。チョコレートがぬいぐるみに抱きかかえられるように包装されたもの。まだ世間にほとんど出してない俺の顔を想像して作られた人形の作者は、なんと中学2年生。
斎が笑いながら、人形を俺の目の前に差し出した。
「俺がおまえと会った年とおんなじ」
「……俺に惚れた、ってハッキリ言えば?」
さりげなく言ったつもりが、自分で言って赤くなってりゃ世話はない。斎が面白そうに顔を覗き込んでくるのもなんだか癪に触る。
「……ナニ?」
口を尖らせてぶっきらぼうに聞き返すと、
「や、お前の言う通りなんだよな。惚れたの。すっげー、マジで好き」
なんてじっと目を見つめたまま大真面目に返された。そう来ると思ってたけどな、……たまんねぇ。恥ずかしい…………
「ええって、もう……。俺が悪かった。俺も惚れた。好きです、頼りにしてます」
言いながら横目で見ると、斎は俺を困らせる優しい瞳で満足そうに笑って、それから顔を傾けてゆっくり近づけてきた。
唇がゆっくり触れる。重なりかけて少し離れて、それが噛みつくようなキスに変わると自然に体が前に出る。斎の膝に手を置いて、身を乗り出して唇を探す。
人がいる場所で止まらなくなって何回も失敗してるのに、俺らっていつまで経ってもこうなわけ? と思っても、コレばっかりはどうしようもない。
やばいよな、と頭の隅で思いながら、何度も何度もキスをもらった。
満足して最後に舌で斎の唇に悪戯しているところに、呆れたふうな声が降ってきた。
「おまえらな、仲が良いのはいいけど、その仕切り、すりガラスだって知ってる?」
背筋が一瞬で凍り付いた。聞き間違いようがない。瀬田兄の声だ。
恥ずかしいなんてもんじゃない。瀬田兄にはそれこそいろんなところを見られてるから、今さら……だけど。
「兄貴、邪魔」なんてとんでもないことを口走る斎を、上から押さえつけて黙らせた。
兄もさ、見えてるならする前に声掛けろよ、頼むから…………
「そろそろ出るぞ。打ち合わせ、2時からだから」
瀬田兄はもう慣れたものだ。俺たちの事情をサラリと流して日常に引き戻す。……あんまり慣れられるのも問題だと思うけど。
声が遠ざかるのを待って立ち上がり掛けたら、腕を掴んで止められた。
ん?と目で促すと、斎は珍しく真剣な顔で
「今日、早い?」
なんて聞いてくる。
「さぁ? 取材のあとは珍しくなんも聞いてへんけど……」
「気、きかしたかな?」
「ダレにやねん……」
ハーッと肩を落としながら呟くと、斎は下を向いて拗ねたようにポツリ。
「今日はちゃんとウチ、来いよ」
「行くけど……なんで?」
コレじゃいつもと反対じゃない? なんで俺は幼稚園の先生みたいに、しゃがみ込んで話を聞いたりしてるわけ? 斎はなかなか顔を上げようとしない。
「なんやねん……、ハッキリせぇへんな」
少しイライラして言うと、諦めたのかやっと口を開いた。
「お前がいろんなヤツにやたら好き好き言われるの、ムカツクんだよ…………」
一瞬、ポカンとしてしまった。
「何、言ってんだか……?」
自分の口から漏れる言葉が何とも頼りない。
「俺が、誰のこと好きか、……知ってる?」
「俺」
間髪入れずに返ってくる答え。……マジで馬鹿っぽいよ、俺ら。
もう一度斎の隣に腰掛けて、耳元に顔を近づける。息が掛かるほど近い距離。このままキスしたい誘惑と戦いながら、微かに聞こえるくらいの声で囁く。
「なるだけ早よそっち行くから、……あとはオマエの好きにしいな」
途端に目の前の表情が一変した。
現金というか、なんというか。まるで犬? 今泣いたカラスがなんとか……
そういう顔見せられると無条件で腰にクルのは問題だよな……なんて思いながら、最後にもう一度キスをした。
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オニキスを書くとき、まるで呪文のように「恥ずかしくない、恥ずかしくない……」と呟くのが癖になったのは、この頃から。 |