発火エゴイズム LOVE SONIC スペシャル





 奴はいつも不思議な格好をしている。
 例えば昨日の奴はといえば、まるでじいさんの部屋から勝手に持ち出してきたかのような、古ぼけて鍔の欠けた麦わら帽を目深に被って待ち合わせ場所に現れた。
 ナンセンスギャグ映画の登場人物よろしくでっかい黄色のサングラスを掛け、その無駄にデカい図体を包んでいるのは、懐かしのセルリアンブルーとでも呼びたい目の覚めるような青いハイビスカス オン ザ アロハシャツ。
 道行く誰もが振り返るチンドン屋紛いのいでたちで奴が目の前に立ちはだかった瞬間、俺は叫び声を上げて一目散に逃げ出しそうになった。
 ギラギラと容赦無く照りつける真夏の太陽が遮られた視線の先に、右の中指一本だけ青いマニキュアで彩られた奴の足の指先と、ぼろぼろのビーサンが見えていた。



 それまでまともに出たコトの無いつまんねぇパンキョウの、最後の授業にうっかり出たのが間違いだった。俺はこの夏、奴とそこで初めて出会った。
 1分30秒に一回夢のロードに引き込まれそうになる優秀な催眠術師(ソイツの本職は教授だ)の戯言を聞きながらふと目を上げると、奴が俺を見ていた。
 目が合って10秒ほど経過したあと、奴は唐突ににっこりと俺に微笑みかけて、親指をクイと一本立てて見せた。そうしてクイクイクイと教室の後ろを指し示す。もちろん奴とはそれが初対面だ。
 まったく訳が分からなくて(何や?)という顔で返したら、そおっと席から立ち上がる真似をする。やっぱり訳が分からないものの気になってしょうがないから奴の後について教室を出ると、奴は真顔でこう言った。
「寝るんやったら教室の固い椅子よりか、救護室の方が気持ちええことないかァ?」
 俺はその場で迷うことなく奴をぶん殴った。それが俺たちの始まりだ。

 奴はとても変わっている。言ってみれば奴のやることなすことすべてがおかしいのだが、中でもその格好はとてつもなく世間のフツウとズレ捲っている。
 どこがおかしいというわけでもないのだが、どこかおかしい。何というか…激しくバランスが悪いのだ。
 そういえば今日は奴にしては珍しくまともな格好をしている。
 上から下まで真っ白な、ポロシャツ、Gパン、スニーカー。話し掛けられてもそれが奴だと気づかずに無視してしまいそうなほど、没個性的スタイルだ。
 それだけなら手放しで褒めてやるものを、奴の左の手首にはなぜか、直径1.5cm大の真っ赤なチェリーがプリントされた黄色いバンダナが巻かれていた。
 ……どうもおかしい。腑に落ちない。
「オマエ、一体何やそれは」
「それって?」
「……オマエが手首に巻き付けてる、サクランボ柄のバンダナはよ」
「ああコレか」
 奴はゆっくりと自分の左手首に視線を落とした。さも今気がついたと言わんばかりに。
 それ以外の何があると。このクソ暑い日中に一体コイツは何を考えてる? そのうち手首から腐って落ちるぞ、バカヤロウ。
 してやったり、という顔で奴がニヤリとする。
「アザ隠し」 
「ウソをつけ、ウソを」
 俺の中の怒りの火種が沸々と勢いを増す。このクソ暑いのになんてこった。  
「オマエ、んなとこに痣なんか無いやろうが」
 尾てい骨のど真ん中にデッカイ縫い痕があるのは知ってるがな。
 こんな妙ちくりんな男と、俺は今週だけで都合3回も待ち合わせては会っている。
「なぁ……今日なに観る?」
 奴がいきなりコロッと話題を変える。まるで手品か達磨落としか。ハイスピードの暗転流転に、俺は付いていくだけで精一杯だ。
「こまっしゃくれたハンサムな兄ちゃんが別嬪の姫ネェちゃんをコマシて、したい放題大暴れする娯楽SF超大作」
「激しく大きな誤解やなソレ……」
 また嬉しそうにヤツが笑う。
 瞬間、毛細血管がバクハツする。ヤツが笑うといつもこうだ。
 心臓がビックリしたみたいにボンと跳ねて、顔にも頭にも血が上る。
 発火寸前、絶体絶命。ちょっと気を抜いたら全身火だるまだ。
「やっぱソレ、めっちゃ妙やぞ。気色悪い」
 火照る顔面を隠しながら手首のバンダナを剥ぎ取ると、汗でべとべとになった肌がにょっきり現れる。当たり前だが傷ひとつ無い。フニョフニョだがツルツルだ。
「ほら見ろ、アザなんか無いやないか」
「いや、これから出来るんやないかなーと思ってさ」
 フンと鼻で笑ってから、奴が全部言い終える前に手首にがぶりと囓りつく。他より少し柔らかい皮膚に舌と唇を思いっきり押し付けて吸いつくと、「痛てててて…」と間抜けな声で奴が泣いた。
 1…2…3…と6まで数えて唇を離すと、そこに俺の唇の形によく似たサクランボ柄がクッキリ赤く顕れた。
 剥がしたバンダナをもう一度手首に巻き付けながら、その出来映えに満足する。愛想もクソも無いキャンバスの、なかなか良いアクセントになったと思うね我ながら。
 頭の上で奴が満足そうにポツリと言う。
「ほら、やっぱバンダナは必要なワケよ」
「予知能力とでも言いたいワケか?」
「愛の力と言うて欲しいね」
 ───そういう人を舐めくさったようなコトをしれっとしたツラで言いやがるのがそもそも気に食わねェんだよこのクソガキ───と思いつく限りの悪態を思う存分くれてやる代わりに、俺は奴の髪を片手で掴んで引き寄せると、笑い出す寸前で口づけた。





場所は梅田の中心部。こんな人たちは絶対にいません。きっといません。いないはず…。(涙目)

--- この話は愛するチバサクラちゃんのサイト『発火エゴイズム』の祝二万打&再始動のために書き下ろしたものです。
『発火エゴイズム』は2004年夏に閉鎖されました。
でも私は彼女の残した言葉のすべてを、ひとつ残らず永遠に愛し続けるのです。

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