+++ Dive into the Thrill +++






 生まれて初めて客席にダイブした。
 3回目のアンコールの最後、ドラムの音が止むのとほとんど同時にステージの床を蹴った。
 今日のライヴはひさしぶりの小さなハコで、最高に盛り上がって頭がどこかへ飛んでしまって、気がついたらカラダも宙を飛んでた。



 キャーっという悲鳴で耳が裂けそう。それが遠くなったり近くなったり、気が遠くなりかけているのかも知れない。
 ドサリ、と人の波の上に落ちる瞬間いろんなことが頭に浮かんだ。
 サポーターズの顔、スタッフの顔、ファンの子の顔。数人のスタッフはたぶんすでに、女の子の間にズルズルと飲み込まれていく俺を助け上げるために、慌てて客席に飛び込んでいるだろう。
 ああ、みんなゴメンな……、迷惑かけちゃった…………なんてコトを考える冷静さはカケラも残っちゃいなかった。
 四方八方からめちゃくちゃに手が伸びてくる。どこを掴まれてるのかすら分からないくらい揉みくちゃにされて、全身に人の手や体を感じる。首筋に誰かがしがみついてきて、誰かも分からないまま抱き返す。

「珱っ!!」
 聞き慣れた声が耳に突き刺さる。声のする方に向かって頼りなく腕を伸ばす。この声に呼ばれるとそうしなくちゃいけないってコトだけはなんとなく憶えてた。
 大きな手に腕を掴まれて、一瞬遅れて厚みのある胸に抱きかかえられた。何かから守るように俺を両腕でしっかり包み込む。
 あ、やっぱ斎だ………………
 斎が大きな声で何か叫んでる。交差した腕と狂乱状態のオーディエンスの間からスタッフの顔がチラチラ見えた。
「斎っ……」
 ほとんど出なくなった喉を絞って名前を呼ぶと、腕に力を込めて聞こえてるコトを教えてくれた。
「抜けるぞ」
 低い声で短く言うと軽々と俺を抱き上げる。またどこかで悲鳴が聞こえる。


 この腕から離れないように、必死で首にしがみついたことだけは辛うじて憶えてる。




 吸入器を口に宛われて、やっと意識がハッキリしてきた。どうにか舞台袖に連れてきてもらえたらしい。かすかに薬品臭のする酸素を思い切り吸い込むと、ガンガンしていた頭が少し楽になった。
「このバカっ、」
 この声はディレクターのコバさん。体育会系だけど心配性で気配りの細かい人だ。
「いきなりダイブなんて死ぬ気かよっ。ったく、なにしやがるかなこの男!」
「ゴメン…………」
 一応素直に謝っておこう。あ、喉痛ェ…………
 我慢できなくて咳き込んだら、凭れていた壁が抱き締めてくれた。
「いつき…………」
「……喋んな」
 そういえば今日はお前、袖で観るっつってたっけ。
 まさかと思うけど女の子吹っ飛ばして助けに入ったのかよ? 怪我人とか出て事件にならないだろうな?
 頭の上でコバさんと斎が手短に話し合って方針を決めたらしい。その数分後俺は有無を言わさず斎の車に放り込まれて、囮のタクシーより少し遅れて会場を脱出した。



 クーラーをかけているのも気にせず、窓を開け放して流れていく空気を頬に感じる。
 体の中の熱を持て余して、気分がどうしても落ち着かない。自分でも可笑しいくらい興奮してる。このままだといきなり斎にキスでもしてしまいそう。
 いつものライヴ後と違って慣れてる斎の助手席だから安心してシートに倒れ込んだ。
「すっげー最っ高。まだいけそう、もっと歌いてぇ」
 さっきからずっと俺一人で喋り続けてる。珍しく斎は黙ったままだ。そういえば車に乗り込んでから一言も口をきいてない。
 ぶっ飛んだアタマでもさすがにおかしい、と気がついた。
「斎?」
 呼ぶとチラリと目だけこちらに向けて俺を見る。何か言いたそうに見えるけど……
 言いたいことを言わないのは俺の専売特許だ。少なくともいつもの斎らしくはない。
「どうした?」
「……なんもねぇよ」
 『苦虫を噛み潰した』とはよく言ったモノだ。今の斎はまさにそんな顔をしてる。
 おそらくスタッフでもファンでもなく、俺のことを一番心配したのはきっと斎だ。俺が怪我をしたりしないように、考えるより早く客席に飛び込んでくれたんだと思う。
 いつでも見ていてくれる。遠くからでもうんと近くでも斎の気配を感じる。目の前に見えている世界とは違う次元で繋がっているような気がする。
「助けに来てくれて……アリガトウな。お前の顔見たらホッとしたわ。あ、これで生きて帰れるって」
 そう言った途端、滑らかに走っていた車が突然スピードを緩めた。俺の家にはまだ遠い。
 4車線の幹線道路で、ギリギリまで路肩に車体を寄せても走り過ぎる車がサイドミラーを掠めそうなくらい近くをすり抜けていく。
 ハザードも付けないまま車は完全に止まってしまった。
 やばい、何か起こりそうな雰囲気だ。

 確かに今回は怒られてもしょうがない。無茶したしな。
 なんて珍しく素直に反省している俺の横で、斎が苦々しげな声で呟いた。
「アッタマ来るっ、」
 言いながら拳を固めて車体が揺れるほど力一杯ハンドルの上に叩き下ろした。冗談じゃなく窓に映る景色がグラリと傾いた。
 驚いて声もなく振り向くと、何とも言えない表情をした斎と目が合った。
 情けないような怒ったようなムッとしたような。とにかく今まであまりお目に掛かったことのない顔つきだ。
「なに。……どうした?」
 恐る恐る聞いてみる。ただ単に俺のバカに腹を立てているだけじゃないように思えたからだ。視線を外さないまま斎の表情が少し歪んだ。
「クッソ…………」
 短くポツリと洩らすだけ。と思ったら頭が天井に突き刺さりそうに大きな体がいきなり目の前を塞いで…………気が付いたら目を見開いたままキスされていた。




「んっ……!」
 急に唇を塞がれてすぐに息が苦しくなる。酸素を求めて何とか作った唇の隙間に斎の舌が強引に割り込んで、あっという間に塞がれてしまう。戸惑う気持ちを置き去りに体はもう反応してるのが我ながら可笑しい。
 切れ切れに声を漏らしながら夢中で頭を引き寄せた。ねじ込まれる生ぬるい感触を逃さないように舌で絡め取るとさらに深く進入して来る。
「っ、はぁっ…………、痛っ」
 さすがにこれ以上息が続かない。喘いで喉を晒すと、間を置かずにそこに歯を立てられた。
「痛ぇよ、アホ斎……」
 返事の代わりに湿った舌が歯形の跡をなぞるように動く。
 片手はシートごと俺をしっかり固定するように回されて、もう片方の手が太腿の間をふらふらと彷徨う。
 ジッパーを引き下ろされる音がして、木綿の生地越しに指が股間に触れた。ボタンを乱暴に外して斎の手が麻のパンツの下に滑り込んで来る。大きな掌で握り込んで円を描くように撫で上げる。軽く擦られるだけで、背筋を堪らない震えが捻り上がった。
 足を閉じているのが苦しくなって膝を開いた。これじゃまるでもっとしてって自分から言ってるみたいな体勢だ。
 また唇を塞がれて、上手く飲み込めない唾液が喉の奥で小さな音を立てる。やっと解放されてホッと息を吸い込んだのも束の間。
「やっ……、いつき、ヤメ、」
 腹に斎の頭がぴったり押しつけられたかと思うと、薄い布の上から足の間に熱い塊が降りて来た。
 あっと思うより早く、斎はすでに形を変え始めた俺自身に柔らかく噛みつくように舌を這わせ始めた。軽く歯を立てられるだけで恥ずかしいくらい全身に痺れが走る。
「あっ、……あ」
 布越しに感じる舌の動きはもどかしくて、もっと強い刺激を求めて体が浮き上がるのを止められない。

 待て。ココはたしか家に戻る途中の、車の中だったよな。いくら夜中の自動車専用道路だからって、すぐ脇を車がビュンビュン走ってて、路肩に駐車してるだけでかなり目立つはずだ。
 何より、こんなとこでナニをするっ…………
「ちょ……待て、待てって。やばいっ…………、んっ」
 否応なしに引き上げられていく感覚に、言葉が上手く繋がらない。ダメ、と思えば思うほど心臓が倍の速さでドクドクと弾けて打った。両側から湿り気を帯び始めた布地の感触がどうしようもなく羞恥心を掻き立てる。
 おかしい。いくら何でもコレは変だ。
 ふだんの斎は俺よりはるかに神経を使って、外で俺の正体がバレないよう気を配ってくれる。間違ってもこんな、誰かに見つかりそうな場所で求めてくることなんて絶対に無い。
「……斎っ」
 靄がかかったようにハッキリしない意識を必死で手繰りよせてなんとか体を捻った。わずかに頭が離れた所を軽く蹴り上げると、斎の動きがゆっくり止まった。
 伏せられたままじっと動かない頭を両手で包んで掻き回すと、強張っていた肩の辺りがフッと緩むのが伝わって来る。

 胸がズキンと鳴った。
 こんな何気ないことが胸を打つ。愛おしさが胸を満たして意味もなく苦しくなる。



「なんやねん……。どうしたん」
「悪ィ…………」
 顔を伏せたままだから、斎が口を開くと足の間に息が掛かって少しくすぐったい。
「謝らんでええから。お前がなに考えてるか聞かせて」
 そう言うと斎はやっと顔を上げて俺を見た。逸らさないようにしっかりと目を合わせる。こうしてるだけでそわそわして落ち着かなくなるんだけどな。
 とうとう根負けして瞼を伏せると、斎の唇がそっと触れてきた。さっきまでの切羽詰まったキスじゃなくて、抱き締めるみたいな優しいキス。
「ちょっと、堪んなくなっちゃった」
 ボソッと呟く声は拍子抜けするほど頼りない。
「なにが?」
「お前さ、自分が歌ってるときどんな顔してるか知らないだろ。すっげぇ危なっかしいっていうか、……イクときの顔そっくりなの」
「なっ…………!」
 ナニを言い出す、この男!? 一瞬で頭の先まで血が上って顔に火がついた。俺の様子に気が付いたらしく、斎が横目で俺を見ながら少しだけ笑顔を見せる。
「たまに、……すげぇたまになんだけど、お前を攫って誰も知らない所に隠しておきたくなる。あのとき『JUDE』に誘ったこと、スゲェ後悔したりしてさ」
 初めて出会ったときのことを言ってる。あれがなかったら俺たち、こんなふうに一緒にいることも無かったはずで…………
「今日みたいに頭がどっか飛んじゃうくらいのときは、マジですげぇよ? ステージから引きずり降ろしてどっか連れ込んでメチャクチャにしたくなる」
 ダメだ、眩暈がしてきた…………
 斎は昔からけっこうハッキリしたいときはしたいとか言う方だけど、さすがにコレは。

 斎がたまにこういうことを言うと切なくなる。
 頭で分かっててもときどき我慢できなくなる気持ちがダイレクトに伝わるから。
 俺だって同じ。たったひとりだけに見つめられたいって思っていても、現実はそれを許しちゃくれない。
 そして俺は自分自身でそれを選んだ。

「誰にも見せたくねぇんだよ、あんな顔。俺だけに見せてりゃいいだろ……」
 本当に……心臓がバクンと撥ねた。

 どうしよう。
 やばい、めちゃくちゃやばい。
 だからココは往来で、外で、誰に見られるか分かったモンじゃないんだって…………!

 窓が閉まってることを確認するアタマが残ってたのは、我ながらエライと思う。サイドは暗めのガラスを入れてあるから、正面からライトを当てられでもしない限り中にいる人間の顔は見えないはずだ。
「なぁ、」
 声がちょっと震え気味なのはしょうがない。俺だって余裕ねぇんだから。
「ウチ帰るのとホテル行くのとどっちが早い?」
 斎が呆気に取られて振り返る気配を感じて、自然に唇が引き上がる。
 訳が分からないのか目を丸くして呆然としてる顔を見つめながら顔を近づけると、狙った場所にちゃんと唇が待ってた。
 さすがダテに長く付き合ってるワケじゃねぇよな、俺ら。
 何度も口づけながら斎の手を取って、さっきイタズラされた場所に軽く押しつける。
「早よせんと俺、もう保たへんよ……。お前にアノ顔見せられへんやろ?」
 その瞬間の斎の顔は、―――――ちょっと言葉じゃ言い表せない。

 ナニ言ってんだか、なんて自分で突っ込むのはヤメにした。
 素直になるのがいちばん大事。
 それはガキの頃からお前が俺に、気長に教えてくれたコト。


 イクときの俺をオマエだけに見て欲しい……とまでは言わなくて済んだみたいだ。
 タイヤをキリキリいわせて傾きながらいきなり動き出した風景と、余裕かまして俺を横目で見つめ返す瞳を見ていたら、無性に嬉しくなって思い切り笑った。


オワリ


 リクエストNO.1 : ナツさま
 「他のヤツは触んな」的な斎発言にドキドキする珱さんが見たい!
 もう激甘で破壊力ありまくりの決めゼリフ希望です(笑) あとキレた斎に襲われる珱さんとか。(中略)

 とにかくうざいくらい甘いのが読みたいです。 ←ココ重要!

 ……なので赤文字_笑。かなりツボを突きまくられた感のあるグレイトなリク。
 「かなり得意分野です。おまかせ!」などと自信満々でお返事したものの、終わってみれば斎が珱をと言うより珱が斎を口説いてました…………。アレ?
 書きながら「ナニを言い出すの、珱さん〜」と、 微妙に涙目になってしまいました。
 それはそうと、『うざいくらい甘いの』ってのもかなりの決め台詞だと思いますよ〜。


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