俺の卒業式が済んだ晩、俺達は初めて『ホンモノの』セックスをした。
それまではお互いの手とか口とかでイカしてやっててそれはそれなりに満足してたけど、斎に自分のこと少し話してから気が楽になって、俺からしてくれって言った。
俺も斎もお互いに『ハジメテ』同士で、しかも男同士だから普通の男女のようには行くわけなくて、さらに俺の嫌な体験のことを話したあとだったから・・・斎は最後まで抵抗した。そんなコトしなくてもこのままでいいって、そりゃもう、火が点いたみたいに怒り出して。
斎の気持ちは痛いほど解るし、そう言ってくれるのは本当に嬉しかった。俺だって相手が斎じゃなかったら、絶対そんなこと考えなかった。セックスどころか、手が触れるのですら嫌だったんだから。
なのに、俺は自分から身体を開いた。
どうしても斎と、全部、身体ごと繋がりたくて。
不思議だと思う。
心と体がこんなにも違うものだなんて、考えてみたこともなかった。
俺なんかイキっぱなしで記憶が飛んで、といってもそれは気持ちいいからじゃなく、それどころか体の中に異物が入ってくる感覚は、快感でなんか全然なくて・・・・・それでも俺は泣きたいくらい幸せになった。
それは多分俺が斎のことを、体よりも心でたくさん求めてるからなんだと思う。
卒業式も済んで今は春休み。だから俺達はちょっと馬鹿かと思うくらいに、ずっと一緒にいる。
俺は相変わらずほぼ毎日コンビニと『GREEN DAY』でバイトして、週に三回、バンド練習のためにスタジオ通い。
斎はそんな俺に付き合ってコンビニ以外はだいたい一緒。昼間は一応部屋で勉強なんぞしてるみたいだ。
バイトか練習が終わって時間が早ければ、そのままマンションに帰って俺が飯を作る。もちろん斎も一緒に食う。そうでなければ帰りにどこかで食べて、やっぱり一緒にマンションに帰る。
しかも学校があるときは毎日ちゃんと家に帰ってたのが、ここ最近は二日に一回はそのまま泊まるようになった。
「これって、どうよ?」
「何が?」
「お前、こんなにしょっちゅう家明けて、家族に何にも言われへんのか?」
家出中の俺が言っても説得力がないのは百も承知。でも気になって仕方がない。
俺と違って斎は家族と上手くいってるし、もしかして俺をひとりにしないためだけにこうして毎日ここにいるんじゃないかって、ふとそんな気がしたからだ。
「俺やあるまいし、こんだけ家におらんかったら普通なんか言われるぞ?」
「言わないよ、俺んちは」
「ウソつけ」
「ホントだって」
相変わらず飄々とした態度で言ってのける。本当にこういうとこ、斎は呑気というか図太いというか・・・・
「俺は大丈夫やから、家帰れ、お前」
「だから、大丈夫だって。余計な気、回すなよ」
何が大丈夫なんだか。
それだけじゃない・・・・・俺にはもう一つ、気になっていることがあるのだ。
それは『あの晩』から斎が俺に触れてこなくなったこと。
それまでの俺達はそれこそ毎日のように抱き合って眠ってた。好きで好きでたまらなくて、傍にいると触れずにはいられなくて。それは斎の態度からも痛いほど伝わった。
それがどうだ。
今日も俺たちは狭いベッドにギュウギュウに収まって額を擦り合わせるように横になってるってのに、斎はじっと俺を見つめて軽くキスしただけで早々に目を瞑ってしまった。
しかも寝たふりなんかしやがって、バレバレだってんだよ!
「寝んな、コラ。おい、斎」
「ナニよ? 眠いんだから、寝かせろよ〜」
「ふざけんな。毎日死ぬほど寝ててナニが眠い」
「珱さん、横暴」
渋々目を開けて俺を見つめ返す。が、それは一瞬で、すぐに瞳をクルクル回して目を逸らした。
俺は頭に来た・・・んだと思う。
心臓がギュッと音を立てて縮んだような感じ。頭の芯が熱を持ち始める。
俺は体を起こすと、寝ている斎の両脇に手をついて乗り上げるように顔を近づけた。
「おい、珱っ・・・」
斎の言葉なんか聞いちゃいない。噛みつくように唇を斎の唇に押し付けた。
わずかに開いた唇の隙間を割って強引に舌を差し込む。唾液が絡んで小さく音を立てる。
初めて、俺は自分から斎にキスした。
キスされるのが嫌なわけないけど、どうしても照れくさくて自分からしたことなんてなかった。斎の方からキスしてくれるのを期待しながら待ってるだけで。
これには自分でも驚いたけど、―――――斎はもっと驚いた。
目を見開いたまま呆然と呟く。
「何すんの・・・・・」
・・・・それはないだろ?
「こんなに体を寄せ合って俺からキスまでして、他に何かすることあんのかよ?」
なんて、素直に言えたら苦労はしない。そんなこと平気で言えるくらいなら、もっとハッキリ『抱いてくれ』って言ってる。
何で斎が俺に触れようとしなくなったのか、聞かなくても分かってる。
俺が辛いから。
翌朝、体を動かすことも出来ない俺を、斎はおかしいくらい甲斐甲斐しく世話してくれた。俺の体を綺麗にしたりシーツを取り替えたり食い物をベッドまで運んでくれたり、そりゃもう下へも置かない扱いで。
元々斎はそういうのまめな方だから、俺もその時は気がつかなくてどっぷり甘えて、でも斎にとってそれは『謝罪』だったんじゃないかって・・・あとから気がついた。
あの時、ぼんやりと霞んでいく意識の中で斎の声が聞こえた。
『珱、辛いよな?』
俺、辛くないって言ったろ? 辛いわけない。心だって辛くないよ? 体だって。
それってやっぱ、言わなきゃならないこと? 言葉にしなけりゃ、お前にすら伝わらない?
斎を見下ろしたまま考え込んで言葉が出ない俺を見て、斎が言う。
「しないよ」
ああそう、お前やっぱ、わかってて無視してたってわけかい?
「ナニを?」
「もう、しない。絶対しない」
「だから、何をっ」
また乱暴に唇を重ねた。
このどアホ! クソバカタコ野郎!! 俺がいいっつってんのがわかんねぇかな!?
っていうか俺も言えよ、それくらいっ・・・・・
俺はやっぱり頭に来てたんだと・・・思う。それには頭がイカれてた、と言う意味も含まれて、とにかく今夜の俺はいつもの俺じゃなかった・・・と思いたい。
俺は勢いよく体を起こすとベッドから飛び降りて、斎の足下に移動した。たぶんものすごく怖い顔してたから、俺の考えてることは斎には分からなかったはずだ。自分だってはっきりそうしようって思ってたわけじゃない。
でも、体が勝手に動いてた。
もう一度ベッドに乗り上げて寝転んでる斎の上に跨った。斎はいつも面倒くさがってトランクスだけで寝るから脱がすのは簡単だった。下半身が剥き出しになる。
あまりのことに斎の反応は鈍かった。
「あ、あの、ちょっと・・・?」
なんて間抜けなブツブツを繰り返すだけで抵抗らしい抵抗はしない。ざまぁみろ!
俺は体を屈めると、力なく小さくなってる斎自身に手を添えて・・・口に含んだ。
やってみるとなんてことはない。斎にしてもらったときのことを思い出して、歯が当たらないよう気を付けながら、舌を揺らしてシャフトを滑らせる。先端の部分を数回舐めると、口の中の斎はあっという間に大きく育った。
斎が息を飲む音が聞こえる。と、俺の頭を押しのけようと手を伸ばしてきた。それを無視してどんどん硬さを増していくものに集中する。唇を窄ませて何度も上下させる。口の中に唾液とは違う、ぬるい感触と苦い味が拡がった。
「ばっ・・・・! ヤメっ」
悲鳴のような声が上がる。それに気を取られた瞬間、両側から頭を強く押さえつけられて強い力で押し戻された。唇が弛んで斎から離れる。急に全身の力が抜けた。
「この、バカっ!」
バカはないだろ、バカは。アホ斎、無茶するから、もうちょっとで噛んじまうトコだった・・・危ねぇ。
壁にもたれ掛かってどうにか体を支えた。
恥ずかしさで顔が上げられない。せっかく頭に来ておかしくなってたものが、全部キレイにリセットされてしまった。
ちくしょう、アホ斎! 正気に戻っちまったら俺、バカみたいだろ?
「アホ・・・・・っ」
思わず声に出た。―――――やばい、泣きそうだ。
強い力で抱きしめられた。
背中に斎の力強い腕を感じる。広い胸が俺の胸に当たる。首筋に手が添えられて、ホッとして肩に顔を埋めた。
「俺の気も知らないで、何するかなぁ」
斎が大きなため息をつく。諦めたような・・・・呆れたような。それからいつになく弱気な声で呟いた。
「エッチ・・・するとさ、お前、思い出すだろ? 嫌なこと全部。お前は平気だって言うけど平気なわけないし、俺はそれがどれくらいお前を傷つけてるか分かんなくて、怖いわけ。お前を傷つけた・・・奴らと同じになりたくないの」
「同じやないやろ?」
斎、お前全然分かってないよ。
「同じやったら俺は、こんなとこおらん! こんなんしてオマエのっ・・・・」
くそっ、何言ってんだ、俺? オマエの、なんだよ?
カァッと頬に血の気が上って、言葉を切った。これ以上何か喋ったら俺は泣いてしまうだろう。頭の中が混乱したまま、斎の腕を逃れようともがく。
「珱」
「うるさいっ」
メチャクチャに体を動かすと、肘がもろに斎の肋骨を直撃した。さすがの斎がグッと息を詰める。胸がチクリと痛む。また泣きたくなった。
「・・・・・珱っ」
「離せ、このアホ! くそボケっ」
「口悪ィ、珱・・・・・」
優しい声。怒りとは正反対の感情が動いて、動悸が速くなる。抵抗する気を失って大人しくなった俺を、斎の腕がもう一度包んだ。
こんなにも斎のことを好きになるなんて、出逢った頃は思いもしなかった。誰かに触れられることをこんなにも欲するなんて。
運命って不思議だ。
でもこんなのをきっと『大好き』っていうんだろうな、と思う。
「ごめんな」
「アホ、謝んな・・・・」
してくれって、素直に言えない俺も悪い。斎だけが謝るのは不公平だ。
「好きやて言うた。してくれとも言うた。これ以上なんも言わすな、アホ・・・・・・」
「言ってないって・・・・したけど」
斎、声が笑ってるぞ?
「でも、やっぱごめん。だって俺、すげぇしたかったもん、ホントは」
目を上げると、照れくさそうに目を細める斎の顔がすぐ近くにあった。思わず目を閉じる。これって条件反射? なんて思うより早く唇が降りてきた。
「ちょっとね、頭おかしくなりそうだった。ヤバいよな、これって?」
「なんで?」
「だってもう、一日中そんなコトばっか考えてるんだよ? これでお許しが出ちゃったらもう、遠慮しないよ? お前が泣いてもなんでも止まんないから。後悔したって知らねーよ?」
後悔なんて、するくらいならとっくにしてる。
「泣いてもおらんし、嫌やとも言うてへんやろ? だいたいお前に似合わへんぞ、遠慮なんて」
「言ってくれる」
俺の言葉に斎がまた笑った。心地良い響き。胸が締め付けられる。
今わかった。
体の痛みが気にならないのは、心がそれを求めてるからだ。心と体はやっぱり同じ。俺は両方でいっぱいいっぱい斎を欲しがってる。
きっと、そういうことなんだよな、斎?
end