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珱が俺の別宅で暮らしはじめて一週間が経った。
まだ二人とも慣れてないっていうか、珱のバイトが終わって一緒に帰ったりして、今までなら珱も俺もそれぞれの家に帰ってたのが俺だけ帰るようになって、じゃあな、なんて言いながら部屋をあとにするのは何ていうか、すごくすごくものすごく変な感じだ。
珱はたいていの場合あんまり見送ったりしないで普通にしてるのに、たまに何を思ったか玄関まで来て俺の手を取ったりして、そういうとき置いて帰るのはなんだか悲しい気がする。
帰るなって言ってるのかなとも思うけど何にも言わないし、第一珱は思ってることを半分も口にしない奴だから、俺としては分かるところを少しづつ拾っていくしかない。
言葉の端々とか表情とか確信が持てないまま何となくこうだろうって、考えながら手探りで距離を計ってる…………そんな感じ。
珱も多分そうなんだと思う。
珱は何をやらせても器用で三日目からは自分で飯を作るようになった。
電気釜も無いのにご飯とかどうすんの?って聞いたら、
「小学校ん時、鍋で米炊いたことなかったっけ?」
とか言って、三日目の晩遅く帰ってきてから米を炊いた。
鍋や包丁やフライパンの類はどうも美帆さんから貰ったものらしい。自分で飯が作りたいんだけどって言ったらくれた、とか平気で言った。
世渡り下手なのか上手なのかさっぱり分からない奴だ。
その日の飯は上の方しか食べれなかった。他は固くてなんだかあられみたいになってて。
その後奴はどうも研究を重ねて色々工夫したらしい。
何かほかにもコツがあるはずといいながら、その習ったことを一生懸命思い出しつつ次の日もまた米を炊いた。
「蒸らしたりせえへんかったっけ? たしか蓋したまま10分くらい置いといたんと違った?」
……俺に聞いても知ってるわけないだろ?
もしかしたらお前料理作んの好きなの?って聞いたら、別にと答える。
それにしては嬉々として日々精進を重ねる姿は、俺にはどうみても好きでやってるとしか思えないんだけど。
で、一週間目の今日の晩飯にはついに、いつもご家庭でお馴染のふっくらしたつやつやご飯がテーブルに並んだって訳だ。
「すげぇ、普通の飯だ」
「失礼な奴やな、お前。めっちゃ美味そうに出来てるっちゅうねん」
ものすごく心外そうな顔で言う。
たしかにそうかもしれない。
普段勉強机として使っている低いテーブルに並べられた晩飯は、どこから見ても晩飯だった。
白いご飯、味噌汁、肉の焼いたの、それから生野菜とコロッケだ。
「コロッケはどうしたの、お前が作ったの?」
「ああ、店で作ってんの見たら簡単そうやったしな、やってみた」
何と言うか…………
手際よく取り皿を並べながら、珱が真面目な顔で呟く。何だか皿の数が微妙に増えた気がするのは果たして俺の気のせいだろうか?
「電子レンジがあるのは便利やな。面倒臭いことが結構簡単に出来る」
「電子レンジでこれら作んの?」
「アホか、電子レンジで出来るわけないやろ。じゃがいもに火ィ通したりすんの」
ああそう。すげーよ、お前って。
下らない会話をしつつ、俺たちは珱お手製の晩飯を食いにかかった。
これがけっこう美味かった。
肉も焼いただけかと思いきや何か味が付いててびっくりした。醤油と生姜の香りがする。小さいネギとかまでかかっててかなり立派に飯に見える。
「美味い」
俺は思ったことを素直に口にした。期待してなかった分すごく美味く感じた。
そういえば珱は店で厨房のサポートなんかもこなしてるし、その時色々観察したり教えてもらったりしてるのかもしれない。
はたして頭が良いってのはこういうところにも生かされるんだろうか? それとももっと単純に器用なだけ?
珱はぶっきらぼうにア、そ、なんて言っただけで黙々と飯を食い続けている。
顔を上げないのはたぶん照れくさいから。
珱はこうと決めたらトコトン追求する性格だから、思った通り上手く行ったら嬉しいんだよな、きっと。
俺は味噌汁のお椀を手にとって口に運んだ。
あれ??
「……味噌屋が遠い」
「……ナニ?」
「オマエやっぱ関西人だから?」
「だからなんやねん、その『味噌屋が遠い』って」
「言わない? 味噌汁の味が薄いとき、今日は味噌屋が遠いなって」
「言わへんよ」
珱が眉を顰めて俺を見る。そんな顔しなくたっていいだろ? やな奴ーっ!
「うちでは言うの。お袋の口癖なんだよ」
「フーン……」
味が薄いと言っても食えない程じゃないし、実際味は悪くない。俺はもう一度味噌汁を口に運ぼうとして───珱の様子がおかしいことに気がついた。
「味噌屋が遠い、か……」
と呟いたままじっとしてる。茶碗と箸を掲げたまま、固まってるっていうか。
……あ、違う。笑ってんだ、コイツ。
珍しい、珱がこんなにウケるとは。
「なに?『味噌屋が遠い』ってそんなに面白かった?」
と聞いたら珱はちょっと目を上げて、箸を置いた。
「や……違う。急に思い出した」
「何を?」
「ガキのころな、ほらスクランブルエッグあるやろ、フォークとかでグチャグチャに細かくするアレ。あれのことウチで『コロコロ』言うとってん。俺、小さいころあれが好きで『コロコロ』作って、言うて母親にねだってあればっか食ってた」
「へぇ〜」
「で、学校で同じように言うたらそんなん言わへんわって、エラいからかわれて」
「言わねぇな、確かに」
「うるせぇよ」
拗ねたように口を尖らせるのが何だか新鮮で可愛かった。
珱が自分からお母さんのこと話すなんて初めてだ。
「いくつの時?」
「小学校……二年くらいやったかな」
ポツリと、
「まだ母、も再婚してへんで……俺ら二人っきりで」
それから上目遣いに俺をチラッと見て、「ムカシバナシ」と照れくさそうに呟いた。
「もっと何か無いの、ほらガキの時ってさ、スゲー面白い言い方とかするよな」
「……母親が京都の生まれで、何でも『お』つけて呼ばすねん、俺に。『おズボン』とか『おリンゴ』とか。俺はほとんど大阪で育ったしな、幼稚園ときはアレもめちゃめちゃ浮いたわ。めっちゃ恥ずかしかった」
「マジで? ハズカしぃ……」
「やかましい」
そう言うとムッとしたようにメシを食うのを再開した。
でも顔どころか耳まで真っ赤。どうしたの、今日むちゃくちゃ可愛くねぇ?
「な、な、今度『コロコロ』作ってよ」
って言ったら箸を銜えたままぶっきらぼうに
「……失敗しても食えよ?」
と小さな声で呟いた。
end
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