珱の手をしっかり握り締めて、息が切れるまで走った。「離すなよ」って、その一言が嬉しくて、とてつもなく切なかった。
 離しちゃいけない。繋いでる手を、絶対に。
 やっと心が決まった。
 珱のために出来ること。俺がしなくちゃならないこと。
 迷ってる場合じゃない!

「卒業、おめでとうな、」
 言いながら振り返ると珱は泣きそうな顔を俺の方に向けて、口の端を少し上げて、
「ああ、……サンキュ」
 ―――――ようやく笑顔を見せる。
「帰るぞっ」
 俺達は走る。スピードを上げて、俺達の居場所に向かって。








 電車を乗り継いでマンションに帰った。
 手はずっと繋いだまま。電車に乗るときチラッと盗み見た斎は顎をぎゅっと上げて、でも優しい表情で、そんな顔をされたら恥ずかしいなんて言えなくて。
 最寄りの駅からマンションまでも全速力で走る。ふたりとも黙ったままなのに、握り込んだ手は痺れて感覚が無くなるくらいしっかり結ばれていた。



 マンションに帰り着いたときは二人ともヘトヘトで、玄関のドアを開けて転がり込むのとほとんど同時に廊下にへたり込んだ。
 上手く息が継げない。肩を揺すって咳き込むと斎は俺を引き寄せて、両方の腕でしっかり抱き締めてくれた。
「大丈、夫っ……?」
 心配げな声は掠れてほとんど聞き取れない。斎だって走りっぱなしでクッタクタのはずなのに真っ先に俺のことを心配する。そんな斎の気持ちが体中に染みこんできて、夢中で腕を伸ばしてしがみついた。

 こんなに俺を愛してくれる人は他にいない。
 俺がこんなに愛してる人も他にいない。

「…して、……っ」
「え?」
「……キス、してくれ…………」
「ハイ」
 小さく笑う声。遅れて唇が触れる。最初は試すみたいに少し外れた……唇の端の方に。それから、やっと望んでいる場所に。
 玄関のフローリングの床に転がって何度もキスした。唇が触れて離れる度に自然にもっと欲しくなる。触れ合う度に何かが弾けて体の中を駆けめぐるような気がする。

 もっとキスしたい。
 もっと強く抱き締められたい。
 もっと深く触れ合いたい。
 俺は心からそれを望んだ。本当に、―――――心の底から。

「斎……っ」
 ずっと前から望んでいたこと。もう一度、触れ合う指に力を込めた。
「何?」
「俺に、」
 心臓が膨れ上がって皮膚を突き破りそう。俺の言葉を促すようにキスが降る。
 言って、何でも。触れてくる唇はそう言ってる。
 勇気を奮い起こして次の言葉を絞り出した。


「俺に……、ホンモノのセックス、してくれ…………」




 



 言ってる意味が分からない。違う、分からないんじゃなく……信じられなかった。
「なに、言ってんの…………」
「……そのまんま。今までのはホントのセックスやないと思う。俺はお前と、ちゃんと、……したい」
 言葉はハッキリ聞こえているのに頭が理解するのを拒否してる。……だって、そんなこと……できるわけないだろ!?
「マジで…言ってるのか……?」
「当たり前やろ」
「ばかっ」
 俯いていた珱が弾かれたように顔を上げる。目が合うのが怖いなんて、そんな風に感じたことは今まで一度だってなかった。声が上擦るをどうしても止められない。
「何言ってんだよ。何考えてんのっ。そんなこと言うなよ!」
「……なんで?」
「何でって…………」

 俺は昨夜珱から昔の話を聞いた。それは珱にとって、死ぬより辛い体験だったはずだ。
 そんな痛みを抱えながら生きてきた珱の気持ちを思うと、俺はどんなことでもしてやりたいと思う。でも。
「出来ねぇよ、……出来るわけないだろ?」
 珱が怖いぐらい落ち着いた声で聞く。
「俺のこと好きか?」
「好きだよっ。好きだけどっ、」
「なら、して」
 首に回された腕が、俺を包み込むように狭められる。ぴったり寄せ合った頬が離れて、続いて柔らかい唇がそこにそっと触れた。
「俺な、お前のこと……すげぇ好き、で……」
 少し言葉を切って黙り込む。それから今度はハッキリ意志を持った視線が俺に向けられる。
「俺な、こんなに誰かのこと好きになったことないねん。あんなことあって、それを誰かに聞いて欲しいと思ったことも。……誰かとセックス、したいと思うなんて……俺が一番びっくりしてる…………」
 そう言って俺の目を覗き込んで笑う珱は……
「俺ら……、ホンモノのセックス、しよ…………?」
 息が止まるくらいに、綺麗だと思った。



 



 そこに斎のペニスが触れたとき、本当に体が竦んだ。目の前が暗くなって気を失うかと思った。
 息が出来ない。まだ何もされていないのに、頭の芯がヒヤリとして吐き気が込み上げる。せめて声を上げないように、震えながら歯を食いしばった。
「珱」
 呼ばれても返事をすることすら出来ない。でも俺が怖がってること知られたら、斎はきっとこのまま止めてしまうだろう。そう思ったから、なんとか声を絞り出す。
「いつき……っ」
「珱……」
 少しずつ侵入してくる感覚。ずいぶん時間が経って、薄れたと思っていた記憶が恐ろしいほど鮮明に頭の中に蘇る。
 痛いとか苦しいとか、そういうものとは違う冷たい感覚。体の中にねじ込まれる異物が放つ強烈な憎悪。押さえつけられて俺のすべてを踏みにじられた。怒りと恐怖がない交ぜになって体中を駆けめぐる。

 突然、体をまっぷたつに引き裂かれるような衝撃が走った。
 俺は無意識のうちに叫んでいたのかも知れない。斎が弾かれたように体を離した。思わずホッと息をつく自分が嫌になる。
 俺から望んだのに。繋がりたいって思う気持ちは本当なのに。

 恐る恐る目を開けると苦しそうな顔で覗き込む斎と目が合った。捻れた心を解いてくれる優しい瞳。俺が諦めて捨ててしまったものを取り戻すことが出来たのは、この瞳に出会えたからだ。
 今は……すごく辛そう。いつもは笑ってる目が、痛そうに細められてる。
 ごめんな、お前にそんな顔させて。
 震えが来るほど固まっている体から力を抜いた。

 斎に置いてきぼりにされて大泣きしたことを思い出す。あのときも斎はわざわざ探しに来てくれたんだっけ。
 一人一人の見分けすらつかない人混みの中で斎の声が聞こえたとき、やっと分かった。
 俺は斎を待ってたんだって。

 何にも言わない瞳をしっかり見つめて精一杯の強がりを言う。
「やめんなよっ、」
 怖がってることを知られても大丈夫。そういうの、全部ひっくるめて見て欲しいと思う。抱きしめて欲しいと思う。
「絶対、やめんな…………」
「ウン」って頷いた優しい顔は、俺のこと全部分かってるって目をしてた。



 指が後孔に触れて、生温い感触を覚える。ゆっくりと動く指の動きに下半身が少し反応する。突然びっくりするくらいスルっと、指が滑り込んだ。
「……っ、」
「痛い?」
「や、痛、ない……」
 しばらくしてやっと、ぬめった感触は俺か斎の放った精液なんだということが分かった。
「ソレ……」
 言いかけて、言葉を飲み込んでしまう。俺の言いたいことが分かったのか、斎が微かに笑顔を見せる。
「こうしたほうが楽、……かもしんないと思って」
「そ、やな……」
 こんなときにこんな会話って間抜けじゃねぇ、俺ら? 
 笑ったら、心が楽になった。

 斎は戸惑ってる。もちろん俺も。
 でも、望んでる気持ちはきっと、同じところに辿り着く。

「も、いい、から……」
 もう一度斎の体が重なってきたとき、俺は本当に自然に、膝を立てていたように思う。





 抱え上げた足の膝から下が固く強張って、珱が苦しそうに眉を寄せた。薄く開いた唇から切れ切れの息が洩れる。
「珱……、辛い、よな……っ?」
 傷つけないようにゆっくり体を進ませながら聞くと、珱はギュッと瞑っていた瞼を上げて、ゆるゆると首を横に振った。
「んんっ、平気、や……か、ら」
 吐き出す息と同じように、言葉も上手く続かないくらいなのに。
 そんなはずないと思いながら、自分が止められない。引きずり込まれる感覚に視界が大きく揺れる。全身が熱くなってジンジンと脈打って、心の戸惑いと正反対の浅ましい何かが、俺の中から溢れてくるような気がした。
 繋がってる部分は灼けるような熱さだけをダイレクトに脳に伝えてくる。吹き上がる炎は、恥ずかしいくらい正直に俺の欲望を刺激した。
 珱が全然感じてないことは下半身を見ればすぐ分かる。珱のペニスはさっきからずっと何の変化も見せていない。
 苦しいのか痛いのか、それともあの事件を思い出すからか、ガクガクと揺さぶられながら、それでも俺の首に腕を回して愛おしげに髪を何度も掻き回す。その仕草がどうしようもなく胸を打つ。
「いつき…………っ」
「なに?」
 一瞬動きを止めて聞き返すと、ほとんど聞き取れないくらい小さな声で呟いた。
「全部、くれな、俺に……、お前のっ…………」
 最後まで言わないのに、言えないのにその意味はハッキリ分かった。


 『ちゃんとセックスしたい』って言った珱の気持ちは痛いほど解るから、せめてちょっとでも楽にしてやりたいと思う。項垂れたままの珱自身を手のひらで包んでゆっくり刺激すると、珱は背中を浮かせて小さく息を吐き出した。

 大事なんだよって伝わるようにと願いながら、先端から根元まで丁寧に指を動かす。と、抱き込んだ身体から少しずつ力が抜けていくのが分かった。
 体のどこかから熱いものが込み上げる。涙を流すのを見せたくないから珱の首筋に顔を伏せて、夢中で手を動かした。

「珱、…………っ」
 泣きながら大好きな人を抱く奴なんかきっといない。
 そう思うのに言葉ははっきり泣き声になって、俺の口から零れて落ちた。珱が不安そうに聞き返す。
「ナニ……?」
「好き、……アイシテルからっ、……な」
 珱は本当に嬉しそうに、
「ン……、俺も、すっげ…………っ、好き、」
 大丈夫って、俺に伝えるみたいに。



 すごく長い時間が過ぎたような気がする。それは一瞬だったのかも知れない。
 最後の瞬間、自分ではどうしようもない衝動の中で珱と目が合った。
 まるで子供がするみたいに俺の背中に腕を回して、細い体が何度か小さく震えて…………

 珱は泣きそうな顔で俺を見上げて、少し笑って…………目を閉じた。







 気がついたら朝になっていた。といっても時間が早いのだろう、外の気配に耳を澄ませても人の話し声や車の行き交う音は聞こえない。ひんやりと澄んだ空気が少しだけ開いた窓から流れ込んでくるのが気持ちいい。
 ベッドから起き上がろうとして、上手く行かなかった。
 体が怠い。腰から下の感覚が無くなって、身体ごとベッドに括り付けられているような気がする。寝返りを打つのがやっとって感じだ。なんとか体を捻って体勢を変えた。
 隣に目をやると、斎の姿は無かった。どこに行った? こんなに早い時間に起きて。学校に行ったんだろうか?
 何となく不安な気持ちになる。そんな自分は情けないけれど、意地を張る気持ちにはなれない。顔が見たい。素直にそう思う。
「斎……どこ?」
 台所の方から聞き慣れた声が返ってきた。
「ここにいるよ」
「なんや、おらんのかと思った……」
「んなわけないだろ?」
 と言うと、何かしていたらしい手を止めてベッドに近づいて、俺の顔を覗き込む。
「おはよ、……気分は?」
「ナニ? いきなり」
「や……、なんとなく」
「何してた?」
 斎が戸惑うように黙り込む。もう一度「なに?」と問いかけると、ようやく口を開いた。
「お前が燃やしたヤツ。あれ生徒手帳だろ? 残ってた燃えかす始末してたら、なんであんなコトしたのかなって考えちゃって、ぼんやりしてた」
 なんだ、そんなこと。
「俺も中学行ってること言い出すタイミング無かって、スゲェ考えて、目の前で手帳でも落としたろかと思って……わざとらしくて恥ずかしいし、燃やした」
「マジで?」
「マジで」
 斎がポカンとした声で呟く。
「バカ…………?」
「かもな」
 思わず笑いが込み上げる。我ながら本当にバカだと思う。余計なこと考えてないで早く素直に言えば良かっただけのこと。
「ゴメンな、黙ってて」
「いいよ。もう卒業式も終わったし、もう中学生じゃなくなったもん」
「……そういう問題?」
「です」
 いいのかよ? 俺のことそんなに甘やかして。まったくお前ときたら……
「でさ」
 斎にはまだ聞きたいことがあるらしい。膝に手を置いて立ち上がると、ベッドの端にゆっくり腰を降ろした。
「思ったんだけど、お前なんでウチの学校に入ったんだ? ウチ、自慢じゃないけど編入試験、死ぬほど難しいし、わざわざそんな苦労してまで来たい学校でもないだろ?」
「さぁ? 親が勝手に入れただけ」
「お父さん? お母さん?」
「父親の方。……継父、やけどな」
 斎がまた一瞬言葉に詰まる。
「俺の知らないこと、まだいっぱいあるのな」
「気になるか?」
「そりゃ……」
「知らんと、嫌か?」
 そう訊くとちょっと考え込んで、
「や、……そうでもない」
 なんて軽く返してきた。
 それは俺の気持ちを軽くするための嘘かも知れない。それでも黙って俺の言葉を待ってくれる、そんな斎の気持ちが嬉しい。
 どう言ったら伝わるだろう? 
 今はまだ言えない。でもいつか、もう少しお前の傍にいたら……。
「言う、から。……もうちょっと、だけ、待って。ホンマはお前に、全部聞いてもらいたい…………」
 声が途切れて上手く言葉にならない。すべてを諦めたガキのころから俺は全然成長していないんだとつくづく思う。
 と、必死で次の言葉を探す俺の迷いを遮るように、斎の明るい声が降ってきた。
「じゃ、ひとつだけ聞いていい?」
「……なに?」
「本当のお父さんって、外人? お母さんは?」
 全然予想外のことを突然問われてびっくりして、――――やっぱり黙り込んでしまった。
 なんだってそんな急に? 俺の両親のどっちかが外国人じゃなかったら驚きだよ。そんなの見ればわかるだろ? 肌も黒いし、どこから見ても濃い顔だし。
「母親は日本人。父親が……」
 訳が分からないままなんとか言葉を絞り出して窺うと、目の前の顔がニッと笑った。
「だよなー。ずっと気になってたんだよ。なんで珱ってこんなに綺麗な顔してんだろって」
 大真面目な顔で返されて、……思い切り笑ってしまった。
 ホントに信じられないヤツ。そんな慰め方ってアリかよ? 
 大袈裟に顔を顰めて泣き出したい気持ちを何とか堪える。
「今度そんなアホなこと聞いたら、殴るぞ?」
 斎は相変わらずニヤニヤしながら俺の顔を眺めてる。

 無理しなくていいから。ずっと待っててやるから。斎はそう言ってる。
 そうだよな。自分のこと素直な気持ちで話せる日はきっと来る。
 もしかしたらそれは、そんなに遠い未来じゃないのかも知れない。

 「分かった」ってふうに目を細めて笑う斎の顔は、びっくりするくらい大人っぽくて、今まで見た中で一番格好良かった。

 ひとしきり笑ったら急に眠気が襲ってきて、頭の芯がフワッと軽く揺れる。
「どうした?」
「すっげぇ眠い。気ィ失いそう……」
「なんだそりゃ……?」
 クスクス笑う声が信じられないくらい心地良い。目を閉じると、指が頬に触れる感触。それは俺の唇や頬を何度も何度も往復して、長い間離れなかった。

 
 
「……ふたつ、聞いて欲しいこと、あんねん」
 俺の頬を撫でていた指が止まる。
「言って?」
 眠気と緊張が混ざり合って目の前がクラッとして、思い切り息を吸い込んだ。
「明日から俺、ココ……、お前んとこ、来てもええか?」
「ウチ、出るの?」
「ん」
「……いいよ、来いよ。ずっと俺んとこに、いて」 
 一瞬も迷わないで、キッパリ言い切る。
「待ってるから、すぐ来いよ」
 目を合わすと胸を持って行かれそうな笑顔で微笑んだ。
「もう一個は?」
「もう一個は……」
 こんなこと言うのは子供みたいだと思う。
「俺が眠るまで、手ェ、繋いでて」
「起きたときも絶対そのまんまだと思うよ?」
 笑いながら俺の手を取って指を絡める。それをぼんやり目で追いながら、ゆっくり目を瞑った。
 本当はキスもして欲しかったけど、それは目が覚めたら真っ先に言おう。


 もう目が覚めることを怖がることは無い。居場所を求めて彷徨うことも。
 頭の中が緩やかに溶けていく。
 触れ合う指の感触をぼんやり確かめながら、俺は生まれてから今まででいちばんしあわせな気持ちのまま、素直に意識を手放した。
 次に目が覚めた時きっと最初に目に入る、大好きな笑顔を心に思い浮かべながら。




 




 翌日、珱は宣言通り俺のマンションにやって来た。鍵は渡してあったから俺が学校から戻るころにはもう家に着いていて、俺のことを出迎えてくれた。
「お帰り。なんや思ったより早かったな」
 そりゃお前のことが気になって、走って帰ってきたんだから。
 肩で息をしながら鞄を玄関に放り出して急いで中に入った。
「荷物は?」
「ん? ……コレだけ」
 指差す先を見下ろすと大きめのリュックが一つ。思わず珱の顔を見つめてしまう。
「コレ、だけ?」
「……あかんか?」
「アカン、ことはないけど…………」
 本当に家を飛び出してきたんだって、びっくりするくらい少ない荷物がそう言ってる。
 家出するくらい家にいたくない気持ちってどんなものなんだろう。何も言わない分だけ余計に悲しい気がする。
 振り返ると珱が大きな目を凝らしてじっと俺を見つめていた。
「ん?」
 先を促すと、うんと迷った顔を見せて、しばらく待ってやっと口を開く。
「電話……、置いてきたから。もうかけんなよ」
「あ、そうなの……」
「親に…貰ったヤツ、やったし……」
 そんな几帳面なところが可笑しくて……涙が出そうなほど切なくなる。

「服は俺の着れるしな。靴もオッケーだろ? なんか適当に持ってきてやるよ。差し当たって必要そうなものはだいたいここにもあるし。大丈夫っしょ?」
 出来る限り明るい口調で言う。俺が不安になってる場合じゃないから。
 中卒で家出してこの先どうなるかなんて怖くて考えたくない。それはたぶん珱本人が一番不安に思ってるはずだ。
 俺がしっかりしなくちゃ。

 やってみなくちゃ始まらない。ようやく前に進みはじめた足を止めないために、俺は俺に出来る精一杯を、一生懸命してやるだけ。その後のことはそれから考えればいい。
 今はただ、必死で掴んだお互いの手を離さないでいような。
「お茶でも煎れよっか?」
 黙ったまま突っ立っている珱に声を掛けて台所に向かう。
 珱は小さく頷いてシンクに近寄ると、俺の横にそっと肩を寄せて並んだ。



end


長い長いオニキス第一部。ココまでが本編と言えるでしょう。飽きずに読んでくださって本当にありがとうございました。お疲れさまでした!
斎は覚悟を決めました。たぶん珱さんの方が、まだユラユラしてるはず。……抱えてるものがまだ彼にはあるので。
泣きの入った文章にのたうち回りながらの数日間。苦しくもあり、また何故か、ちょっとあったかい気分に浸りつつこれを書いています…………
ご面倒でなければ、ぜひ感想をお寄せ下さい。心からお待ちしています!


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