バカバナシ





 事の起こりはバイト先に現れた斎とひとしきり喋って、斎が帰ったあとに言われた言葉。
 相手はバイト先のコンビニの先輩、斉藤さん。彼女もフリーターだからシフトが重なるのが一番多くて、俺は仕事をほとんどこの人から教わった。
 サバサバした性格で女性特有のしつこい感じがないから俺としてはかなり気が楽で、ここのバイトが思いがけず長く続いてるのは彼女のおかげじゃないかとすら思う。
 しょっちゅう店に寄る斎ともすっかり顔馴染みになった。
「今日の練習、『アルファ』でやるって」
「ホンマに? あそこ瀬田兄嫌いなんちゃうの? 返り悪いー、言うていつもブツブツ言うてるやん」
「仕方なく、て感じじゃない?『スパークス』、改装中で使えねぇもん」
「そやったっけ……」
「おいおい〜」

 なんて、俺達にしてみればなんて事のないごく普通の会話だったんだけど。
 スタジオに先に行くという斎を見送って店に戻ると、斉藤さんがおもむろに言い出した。
「窪塚くんがベタベタの関西弁で喋るのって、いつ聞いても不思議……」
 意味が分からずびっくりした。
「俺、根っから関西人ですよ?」
「アクセントとかたまに関西っぽいとか思うことあるけど、〜ちゃう、とか言わないでしょ」
「そうですか? 言ってると思うけど……」
「言わないよぉ。瀬田くんと喋ってる時だけ、別人みたいになる」
「斎と?」
「うん、瀬田くんと喋ってるときすごく、なんか、関西人ーって感じ」
「斎は……ガキの頃から一緒やし…………」
「特別なんだ」
「は……」
「不思議だね、瀬田くんは標準語なのにお互い、つられたりしないんだ」
「はぁ…………」

 そんなこと、言われるまで気にしたこともなかった。
 自分では関西弁で喋るのが普通で、でも東京暮らしももう3年以上。いいかげん関東っぽいアクセントが出るようになったな、なんて思ってさえいたから。


「……って今日、人に言われた」
「へぇー」
「俺って関西弁?」
「ん、しっかり」
「やな」
 斎は慣れてるから俺と喋っても標準語。ずっとそう。俺もそう。
 ……???
「ナニよ?」
「や……別に」
 気にするほどのコトじゃないんだけど…………
 斎が面白そうに俺の顔をのぞき込んできた。
「なんや?」
「……成長したねぇ」
「あ?」
 なんだかエラく嬉しそうに言うじゃない?
「何やねん、それ?」
「だって人の言うこと気にするなんて、なかったよ?」
「そうか?」
「ん、いい傾向だわ」
「うるせぇよ」
 何だか急に恥ずかしくなって、思わず口調が無愛想になる。
「あ、今の東京っぽい」
「しつこいなっ」
 俺は顔が赤くなるのを意識しながら勢いよく立ち上がると、さっさと風呂場に向かった。斎が後ろで笑いを堪えているのが分かる。
 何となく敗北感みたいなものを感じながら湯の栓を力任せに捻った。

 こんなことが照れくさい自分が未だに不思議だ。
 斎には本当に何もかも知られているのだということを、こういう時に思い知らされる。
 斎はこうして俺を甘やかす。俺の知らない俺を全部見てて、俺が一番楽に居られる場所を自然に作ってくれる。
 俺は何も考えずに斎に全てを預ける。楽に呼吸する。どんどん好きになる。
 これって相当イカレてんな、と思ったら後ろからそっと抱きしめられて胸が疼いた。

「斎、邪魔」
「怒んなよ」
「バッカ……」
 格好悪いくらい、甘え口調。ああ、俺ってアホっぽい…………
 悪戯するように俺の腰の辺りを撫でている手が止まった。不審そうな声が降ってくる。
「バカとかいうの、スゲー違和感」
「なに言ってんだか。俺だってコレぐらい喋れるよ?」
「うわっ、ヤメろ! ヘンだって」 
「たまにはな」
 だんだん面白くなってきた。振り向くと斎は何だか複雑な表情を浮かべている。
「なに?」
「なんか……知らない奴みたい。……格好良すぎ」
「新鮮だろ?」
 斎の顔がますます困ったように歪んでいくのがまた面白かった。
 ……意趣返しってヤツ? 斎の困った顔、もっと見てみたい…………
「オマエの知らない俺、見せてやろうか……?」
 視線をしっかり合わせたまま声に誘うニュアンスを滲ませる。腰が引けてる斎の頭を強引に引き寄せて口づける。
「いい、……怖いから」
 満足するまで唇を貪って解放したら、そんなことを言いやがった。


end



関西弁と関東弁のアクセントの違いが分からない方はゴメンなさい。
 


close