明日また逢おう  011230


 夜中、仕事の帰りに本屋に立ち寄った。
 今日はアイツが仕事で地方に出張してて、俺はメチャクチャヒマしてる。
 イヤ、ヒマとかいうのとは違うかも知れないけど、寂しいとか思うのはちょっと情けない。俺だってツアーだ、レコーディングだっつってしょっちゅう家を空けてるんだからお互い様だし。
 夜中とはいえ人混みに入るのは未だに少し緊張する。俺はナイロンのジップアップパーカのファスナーを首まで引っ張り上げて、帽子を深く被り直した。余計目立つからサングラスはしない主義だ。
 雑誌のコーナーを通り過ぎて奥の洋書を見にいこうとして、ふと足が止まった。
 低い台の上に目立つよう、山積みにされた週刊誌の表紙。発売したばかりの下らないゴシップ誌だ。
 芸能界のこととか、どうでも良いことをウソばっか書いて、それでも無くならないんだから不思議だ。ソウイウ記事を読みたがる奴らがこれまた山程世の中にはいるんだってことか。
 俺はこの雑誌の今週号に記事を書かれた。
 それによると俺は、どっかの顔も知らない女優だか何だかと付き合ってるらしい。
 顔も知らないは失礼か。半年くらい前に雑誌の取材かなんかで話をしたらしい……んだけど、あんまり憶えてないんだよな、俺。
 一応記事は読まされたけど、馬鹿馬鹿しくて内容なんか一秒で忘れた。
 まるっきりガセだし会社も特に躍起になることもなく、要するに無視した。相手の女優は会見とか開いたらしいけど、なんか話すことあんのかな?
 ぼんやりそんなことを考えていたら、隣に高校生くらいの女の子が二人立ち止まった。
 見るからに普通そうな女の子たち。実はこういうのがいちばん危ない、らしい。
 びっくりするほど人のことをよく見てて、噂の伝達速度はマッハを超すとマネージャーの坂口さんに脅されたことがある。
『お前はそうでなくても上手く誤魔化すとかできない性格なんだから、女子高生には絶対見つかるなよ。と・く・に、』
 言葉を切って、後の部分をイヤというほど強調する。
『斎と手ェつないで歩いてるとこなんか見られたら、俺はもう、何にもしてやれないからな!』
 そのときはメチャクチャ頭に来て、そんなことするかよっ、ふざけんな! なんて、俺にしては珍しく、大声で怒鳴り散らした覚えがある。
 でもマネージャーの言うことは正しい。
 斎とのことを隠したいなんて気持ちは、俺の中には一片もない。それどころか俺達が辿ってきた今までのこと、話したらきっと誰でも理解してくれるって、妙な自信すら持ってる。
 でもそれを堂々と世間に公表したときのリスクは計り知れない。俺のじゃなく、俺以外にかかるリスクが、だ。
 バンドや会社、家族、回りの友人、そして何より斎自身に。
 斎はそんなことなんでもないって笑った。その上で、俺の思うようにしろと言う。だから俺は、自分がいちばんいいと思うやり方を選んだ。
 斎と一緒にいるために、しなきゃいけないことは全部しようって。それがたとえ一時、心を偽ることであったとしても。
 誰かの手を借りなければ生きていくことすら出来なかったガキの頃、それだけは心に決めたから。
「ア、コレ見た? 珱の記事。沢口あすかと付き合ってるんだって〜!」
「うっそー、ショックっ」
 あ、ボンヤリしてて、この子たちのこと忘れてた。危ねぇ、危ねぇ。
 まだ幼い顔立ちが心底悲しそうな表情に変わるのに、少し心が動いた。そんなに『珱』のこと、好き? なんだかへんな感じ。いまだに自分のことじゃないみたい。
「なんか、これマジっぽい。『雑誌の特集で知り合って、9月の終わり、銀座で食事しているところを何人ものファンに目撃されている』だって〜」
 ウソウソ、ウソだってそれ。俺が言うんだから間違いないよ? 銀座でメシなんか食わないし。
「でもさ、前、モデルの京香と付き合ってるって噂なかった?」
 ……誰だ、ソレ? 俺聞いてねえぞ? ったく情報落とすなよ、坂口さん!
「そういえばカオリちゃんが、珱はゲイだって言ってたよね? 男の人と腕組んで歩いてるの見たって」
 おいっ! それは無いっ、絶対!! だって俺ら、すっげぇ気をつけてっ……
 思わずコケそうになってこりゃやばいから早く何処かへハケよう……と思った瞬間、携帯が鳴った。今時珍しいと笑われるシンプルなベル音。アイツ用の。
 片方の女の子がチラッと俺の方を見上げる気配がした。
「……斎っ」
『どうした? いきなり』
「や、……別に。今外で、ちょっとびっくりした、だけ」
『仕事は?』
「終わった、今帰り。今日は打ち合わせだけやし。本屋寄ってんねん」
『また電車で帰ってんの? 物好きだね、お前も。危ねぇから車使えっつってんのに』
「今日は俺、姫待遇よ? 坂口さんが外で待ってる。眠いとか言うて車で寝てるわ」
『何、ソレ。オヤジ〜』
 そう言って少し笑う。何時間ぶり? こうやって声聞くの。
『俺も終わったヨ〜。疲れたっ。早く帰りてぇーっ』
「お疲れさん。明日何時や? こっち着くの」
 子供みたいな言い方に思わず笑みが洩れる。出逢ってから10年は経つっていうのに、こういうところは中学の頃から全然変わってない。
『5時の松山空港発だから……会社寄って、9時にはなるかなぁ』
「上等。メシ食える時間やん」
『作る?』
「食いたいなら?」
『食う、食う!』
「オッケ、」
 あまり外で長電話すると見つかったときに逃げられないから、そろそろ切らなけりゃ。
「ワリ、そろそろ切るわ。ちょお、まずい」
 斎もそれは解ってくれてるから、
『あ、ゴメン、悪い。じゃ……』
 なんて言って切りかけて………珱、と俺を引き留める。
「ん?」
『メシよりもっと欲しいもんがあるんだけど? それはオッケー?』
「はぁ?」
 思わず聞き返して……気がついた。途端に体中に電気が走る。顔が赤くなるのが自分で分かる。
 ったく、オマエはそれしかないのか!?
 と怒鳴りかけて、やめた。だって俺も人のこと言えねぇし。
 ああ、俺らホントにアホっぽい……。
「帰ってくるの遅かったらメシは飛ばすぞ? 必死こいて帰って来いよ?」
『……了解』
 笑いをかみ殺したような、くすぐったい余韻を残して電話は切れた。
 心臓がドキドキいってる。バカみてぇ、俺。今朝まで一緒にいたのにな。
 もう何も喋らない電話をポケットにしまおうとして、先刻の女の子と目が合った。
 口をぽかっと開けて俺をじっと見つめている。あ、ヤバい、大声だけは出さないでね? 電話の内容聞かれてたら、また別の記事ネタになるかも…………ま、相手が誰だか分からない分にはいいか。
 体を屈めて女の子の耳元に顔を近づける。薄くそばかすの見える可愛らしい顔をじっと見つめたまま、
「とりあえず、その記事はウソやから、な?」
 彼女が事態に気がつく前に、「じゃっ」て感じで手を振って足早に本屋を後にした。
 俺たちの様子に気がついて連れの女の子が誰、あのひと?なんて顔で友達を振り返る頃には、事務所の車が目の前にいて。
 面倒臭いから腰高の柵を跨いで車道に出る。
 坂口さんにオマタセ、って声を掛けて車に乗り込んだ。
 ドアを閉めて車が走り出した瞬間、ものすごい大音声と共に女の子が二人、本屋から転がるように飛び出してくるのがチラッと見えた。



end



大人になってこんなお茶目も出来るようになりました。

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