年末、『GREEN DAY』の大忘年会の帰りに、斎とふたりで近所の公園に立ち寄った。
 ここは俺にとって、ちょっと特別な場所だ。
 斎が中2だってことが分かってふたりとも頭がわやになって、暴れて、自転車をコカシて。真夜中の道端であやうくキスされそうになったコトも、まだ記憶に新しい。好きで好きでたまらないって気持ちを自覚したのもここだった。
 冬だというのに枯れたまま何となく薄暗い緑を残す並木を横目に、並んで門をくぐる。さっきから斎は黙ったままだ。
 夜中の公園はいつもの如くシンと静まり返って、人の気配は感じられない。遮るものの無い空間を風がまともに通り過ぎて、ブルッと来るほど寒い。思わず体を震わせたら、心配そうな顔が覗き込んできた。
「風邪、引くなよ?」
「引かへんよ……」
「そんなの、わかんないだろ」
 言って、自分の着ているジャケットを脱いで俺に着せかけようとするから、慌てて腕を掴んで止める。
「いいて、お前が風邪引くっ……」
「俺はいいよ。お前のが大事」
 そういう問題じゃないと思う。それでもまだ上着を着ようとしない斎を、睨んで何とか納得させた。

 『お前のほうが大事』って、それは……俺も一緒だってこと、斎は今ひとつ分かってない気がする。そんなのあたりまえのことなのに。
 切なくなる。恋をしてるって感じがする。
 斎の肩が俺の肩に触れると、それがたとえ服越しでも耳の中がポオッとして、首の辺りがドクドクと脈打ち始める。生まれたまんまの姿で抱き合ってるときは……夢中であんまり記憶がない。思い出すと叫びそうなほど恥ずかしいときもあるけど。



「正月さ、ドウする?」
 そんなこと突然訊かれても、とっさに答えられない。家にいるのは苦痛だし、かといってバイトも休みだから行くとこなんてあるわけない。……斎の側しか。
「考えて、へん、まだ。ココには来る……」
 言い終わらないうちに抱き締められた。背中に回された腕がギュッと締まって、耳の後ろで斎の息遣いが聞こえる。
「い、つき?」
「ごめん。俺、元旦は無理。さすがに出られないと思う。ばーちゃんとか来るらしくて」
 すごく申し訳なさそうに言う。
 馬鹿だな、そんなこと気にするなんて。胸の中に浮かびかけた何かを見ないように、小さな声で返事をする。
「ええよ。俺も多分、無理……」
 言って、俺も腕を伸ばして広い背中を抱き締める。誰もいない。大丈夫。斎……スキ。


 あったかい……。斎の腕の中はものすごく暖かくて、安心する…………


 
 なんてコトを考えていたら……心臓がいたずらにドキドキし始めた。
 バッカ、俺……、なに考えてんだ…………
 マズいだろ、ソレは、いくら何でも…………

 声に出したつもりはないのに、勝手に口が喋ってた。
「あ、のな、」
「ん? なに?」
 聞き返してくる瞳と目が合うと、頭の中がいきなり真っ白になってしまった。しっかり握っていた掌が突然すっぽ抜けたみたいな頼りなさ。
「や……、あの…………」
 あれ? 俺今何を考えてたんだっけ……? 思い出そうと考えても、空っぽになった頭の中には何にも浮かんで来ない。
 忘れてしまった―――きれいさっぱり。大バカ…………
 斎は目を丸くしながらも俺の言葉を黙って待ってくれてる。1.2.3……と心の中で空しく数を数えながら、大好きな瞳と見つめ合う。
 ふと、その瞳が閉じられて…………
 真夜中の、公園で、キス、されて…………思い出した。

 そうだ。「キスしたいな」って、思ったんだっけ…………



 そして、年が明けるころ―――――

 俺はひとり、斎のマンションにいる。
 大晦日の夜、そっと家を抜け出してここに来た。初詣の参拝客のために電車は夜中じゅう動いてるから移動するのに心配はない。時間からするとびっくりするほど人通りの多い表通りを抜けてマンションに向かった。
 鍵穴にキーを差し込んで誰もいない部屋のドアを開けた。真っ暗で、空気が冷え切ってる。昨日の夕方から今まで、ここに誰もいなかったからだ。今日の昼間も来られないって電話を貰ってたから、俺も家を出なかった。
 あと数分で12時になる。オイルヒーターの電源を入れて、ジャケットを着たまま机の前に蹲った。
 オイルヒーターは暖まるまでに時間が掛かるから、部屋の中は相変わらずひどく寒い。いつもなら必ず斎が一緒にいて、身を寄せ合って何となく喋っているうちに知らない間に暖かくなってる。いないときも必ず来るって思ってるからそんなに寒さを感じなくてすむ。
 でも今日は……
 
 携帯が鳴った。
 慌てて電話をポケットから引っ張り出してスイッチを押す。
「もしもし?」
『あ、俺』
「うん…………」
 斎の声。
 俺の返事が聞こえなかったのか、「珱」と呼ぶのに「ナニ?」と早口で返事をする。もっと斎の声が聞きたいから、返事は自然に短くなってしまう。受話器の向こうで斎の笑い声が響いた。
『やっぱ、年の最後と最初はお前と喋んなきゃ、だろ……』
「ア、ホ……」
 不意に涙が出そうになる。
『今、どこ? 家?』
「ウン、」
 マンションにいることは言えないから曖昧に返事を返した。
「明日、やなくて、……明後日? 二日、はどうする?」
 逢いたい。
『来れる?』
「ん」
『じゃ、昼にはあっち行っとくから。来れるときに来いよ』
「なるべく早く、行くわ」
 顔が見たい。今でもすぐ会いに行きたい。
『待ってる、……あ』
 突然、声が途切れる。息を詰めて待つと、
『今、12時になった。……珱?』
「……ん?」
『初めてお前に会ったのが去年になっちゃった』
 そう言って笑う顔を想像する。もうたくさん見たからすぐに思い浮かぶ、優しい顔。
「今年は?」
『今年は……』
 斎、俺な…………
『毎日一緒にいよ。出来るだけ、会いたいだけ、会お。呼んだらいつでも飛んでくから』

 それから少しだけ話をして、ちゃんとおめでとうって言い合って電話を切った。
 ほんの30分くらいの短い時間。それがすごく長く感じられて、終わったらあっという間だったような気がして、無性に悲しくなった。
 電気も点けない真っ暗な部屋の中で、信じられないけど俺は馬鹿みたいに……
 ここにいない斎のことを思って、涙を零した。



 新年の朝を一人で迎えた。雪が降っているのを期待したけど、窓から見える空は曇っていて、濁った色を広々と晒している。
 そういえば去年の正月は何をしてたんだろう? 思い出そうとしてもいっこうに記憶が戻ってこない。忘れてしまったのかも知れない。斎と出会う前のことを、ひとつ残らず。
 そんなわけはないのに、下らないことを考える。そう出来ればどんなにいいだろう。
 
 窓枠に腰掛けて外を眺めた。開け放した窓から冷たい風が吹き込んで、部屋の温度をどんどん奪っていく。ぼんやりしていれば時間は過ぎる、何も考えずに明日が来るのを待っていればいい。
 


 長い間そうして座り込んでぼんやりして、さすがに体が冷え切ってそろそろ窓を閉めようと体を起こしたとき、玄関の扉の開く音がした。
「珱っ!」
 バタバタと大きな音を立てて飛び込んでくる。リビングのドアも乱暴に開ける。靴はきっと片方ずつバラバラで、土間のどこかに転がっているだろう。
「この、バカっ! なんでいるっ……」
 それはこっちの台詞だよ。今日は来ないって言っただろ?
 振り向いて言ってやりたいのに、どうしても体が動かない。

「信っじらんない……、こんな寒いとこで」
 寒いのは…………
 背中に斎のジャケットの感触。ナイロン素材がカサカサ音を立てて、腕が胸の前に回される。
「冷てー…………」
 首筋に掛かる長い髪の上から唇を押し当ててくる。弾む息が肌に当たって、一瞬で冷たい空気に変わる。
「珱」
 ここにいることを確かめるように俺の名前を呼ぶ。

「斎…………」
 寒かったのは、お前がいなかったからだよ。




 それから―――――俺は昨日から、少なくとも斎から電話があった時点にはもうここにいたことを白状させられて、要するにカンカンになった斎にこっぴどく怒られた。
「どうしてそんなことする? なんで言わないのっ。何となく様子が変だったから気になって、たまたま時間が空いたから良かったけど、俺が来なかったらどうするつもりだったんだよ!?」
「どうもせえへん。飽きたら帰った、」
「ウソばっかっ」
 信じられないってふうに首を振る。
「絶対、ずっといた。帰ってないね」
 ……知ってるなら言うなよ。
 
 どこまでも阿呆な俺に呆れたのか、斎はがっくりと肩を落として深々と息を吐き出した。
「もう……心っ配、すっげぇ……。何するかわかんねぇんだもん…………」
「……ゴメン」
 コレは素直な気持ち。本当に悪いと思ってる。びっくりさせてごめんな。
 ほんの少し体を伸ばして斎の首に両腕を絡ませると、すぐにしっかり受け止めてくれる。
 耳元に顔を近づけて耳朶に軽く歯を当てると、びっくりしたのか斎は小さく声を漏らして、それからもっと強く抱き締めてくれた。
 
「ちゃんとメシ食った?」
「一応……」
「一応って、なに。一応って?」
「適当に……」
「要するに、食ってないってコトね。じゃ、どっか食いに行く?」
 相変わらずしっかり俺を抱き寄せたまま聞いてくるのに、首を横に振って答える。
 飯なんかどうでも良い。
 どこへも行きたくなんかない。
 乾いた音のするジャケットをしっかり掴んで体を思い切り押しつけた。

「しょうがねぇなぁ……」
 斎はまた笑って、今日何度めかのため息を吐いて、
「じゃ、せっかく会えたんだし」
 と言って俺の耳元で小さく、「しよっか?」って囁いた。


 新しい年になって初めてのセックス。ちゃんと風呂にも入ってキレイにして、満足するまで抱き合った。
 斎の指が敏感な部分に絡みつくのを、足を思い切り開いて迎え入れる。先端から根元に向かって形を確かめるように何度も往復して、満足したのか今度は掌を大きく使って剥き出しのトコロを撫で上げる。その度に体が震えて声が自然に唇から漏れた。
「もうイきたい……?」
 俺の首筋に顔を埋めて、耳にイタズラしながら聞く。
「んん、……ま、だ……っ」
 
 何度抱き合っても満足できない。神経はとっくに焼き切れてギリギリのところまで来てるのに、終わりが来なければいいとさえ思う。
 もっと近くで感じたい。
 もっと。もっと。もっと。
 お互いの知らないところが無くなるまで。

 奥底から沸き上がる想いには果てが無い。



「会ってすぐこんなコトするなんて、俺らってもしかして、すごくヤバくねぇ?」
 なんて冗談めかして聞いてくるのがなんだか可笑しくて、それどころじゃないのに笑ってしまう。
「……ええ、んとちゃう、…? したい、もんはっ、しゃあない、……っ」
 こんなコトを恥ずかしげもなく言えるのは、やっぱり気分が新年だから?
 気の遠くなりそうな快感の中で、そんな―――――大バカなことを考えた。



end


020205(初出) :: 021012(再掲載)



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