ふと目を開けると長い睫毛が目に映った。当たり前だけれど幾つになっても変わらない、俺が特別好きなところのひとつ。目が覚めるとき少し震えてゆっくりと瞼が開く、その瞬間がたまらなくいい。
 珱は静かな寝息を立てて、満足そうにぐっすり眠っている。
 昔、まだ珱も俺も子供だったころ、この瞳に見つめられるのが嬉しかった。嬉しくて、少し苦しくもあった。
 真っ直ぐでキラキラ輝いていて……目が合うたびに心臓をを大きな手で掴まれるような感覚があって、それが恋だって自覚したのは出逢ったその日、あっという間で。
 それから俺はずっと今日まで、この瞳から目が離せないまま生きてきたように思う。
 いろんなことがあって珱も泣いて、俺も泣いて、それでも離れずに来られたのは、何も出来ないただのガキだった俺が必死で差し出した手を、珱もなりふり構わず掴んで離さないでいてくれたからだ。
 夢中だった。二人とも大事なものはお互いだけって、今から思うと若くてバカでそれでいて一番間違ってないところをちゃんと分かってて。
 大丈夫だと、何度も自分に言い聞かせた。離れても俺達は絶対に変わらない。そう信じてる気持ちは本当なのに、心の中の不安がどうしても消えない。
 手の届くところにいなくなる、それは自分で決めたことなのに最後の最後まで後悔に似た気持ちが湧いてくるのは、珱のそばから離れることを俺がどんなに怖がっていたかと言う証拠だ。
 珱は平気だって笑った。
『一生会えへんわけやないやろ?』
 それは本当にその通りだけれど。
「珱……」
 思わず呟いたら、
「なに……?」
 珱がうっすらと目を開けた。
「悪い、起こしたか?」
「いや、……眠ってへん、かった」
 言って、ほんの少し笑顔を見せる。眠たげな顔。こんな表情を見せるようになったのは知り合って、随分時間が経ってからだった。
「寝ろよ。明日、スタジオあんだろ?」
「3時からな。ゆっくりでええて、オッケー貰ってる」
「バカ、気ィ使うなよ。ゴールデンウィークには飛んで帰るんだから、すぐだろ」
「すぐ、なぁ」
 珱は少し体を捻ってひとめで外国人のそれと分かる、褐色の腕を伸ばして指で俺の頬に触れた。
「すぐ、いうのは明日とか明後日とか、それぐらい。それ以上はみんな遠い未来。長いよ」
 ため息のような霞んだ声。俺にとってはやけど、と呟く終わりに笑みが混じる。
 分かってる。俺も同じ。明日が来なければいいのかも、なんて性懲りもなく考える。
 頬に置かれた指を引き寄せて口づけると、体を起こして覆い被さるように俺の唇を塞いだ。

 熱に浮かされたような声が暗い部屋に響く。珱の体が跳ねて、終わりが近いことを知らせる。力が抜けきってゆらゆらと揺さぶられるままの両足を抱え上げて、もう一度深く腰を沈めた。
「い……つ、きっ、いつ…………っ」
 珱が呼んでる。繰り返し繰り返し、遠くなりかけた意識の中で俺を呼ぶ。昔からずっと、こんなところすら変わらない。
 強く突き上げながら視線を探す。焦点の合わない表情で、それでも真っ直ぐ見つめ返す黒い宝石と目が合った。
「一回だけっ、……一回だけ、言ってもええ、か?」
 押し出されるような悲鳴の間に、途切れ途切れに意味のある言葉が混じる。
「言えよ、言いたいこと全部、言って」
 珱は何かを堪えるように目を瞑って、
「すげぇ、辛い…………、離れんのは、……っ、すげぇっ、悲し…………っ」
 何かを俺から隠すように両手で顔を覆った。

 こんな年になって泣くのは恥ずかしいと思うのに、涙が流れて止まらなかった。


 新しい朝が来る。今までとは違う朝だ。
 俺達は歩き始める。未来に向かって顔をしっかり前方に向けて。
 遠い昔に夢中で探り当てた手は、今も、これからもずっと、変わらず繋がれたままでいる。

 

end



こういうの「抜き書き」とでも言うんでしょうか? 数冊並ぶ日記の中から一冊取り出して適当に開いたところを読み上げる、みたいな。すみませぬ……

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