今年の計は二日から ver.I




 大晦日の夜珱が突然、実家に帰ると言い出した。
 いや、べつにケンカした訳じゃなく、だからすごく申し訳なさそうに、珱は俺の顔を下からのぞき込むようにして言った。
「あのな、斎……元旦、家帰ってもええか?」
「家って、おとーさんとおかーさんとこ?」
「……ん」
 身長は5センチと変わらないはずなのに、珱は感心するくらい器用に『俺を見上げる』という技を使う。多分本人、分かってやってないとは思うけど。
 少し首を傾げて視線を合わせて、たまに瞬きなんかするとクラッとくるくらい色っぽい……と思う、少なくとも俺は。
 いや、珱はどこに行っても遠巻きにされるくらい美人だから、多分俺だけじゃないんだろうけど。
 とにかく俺はこの『お願いポーズ』に情けないくらいに弱くて、たいがいのことは聞いてやることになる。
 といってもこの手の技アリは、珱が何となくエッチな気分になってるとか俺にとっても都合のいいことがほとんどで、だから今日みたいに本当の意味でのお願いは初めてだったかも知れない。
「やっぱ、正月くらいは帰らんと、思て……」
 俺が珱を『婿に貰って』、2回目の正月。
 婿云々は冗談としても、壊れていた家族関係が修復の兆しを見せ始めてから珱がちゃんと実家に泊まりに帰ったのは、俺の知る限り2回だけ。
 去年は俺の受験勉強につきっきりで正月なんかなかったし、珱自身それを言い訳に帰るのを先延ばしにしてたようなところがあった。
 帰るって自分から言い出したのは、だから、珱にとってはものすごい進歩だ。
 多分一週間くらい前からいつ言おう、いつ言おうってぐるぐる考えてたんだろうなと思うと、意地悪言ったり拗ねて見せたりそんなこと……出来るわけなかった。
「ま、そりゃそうだよな」
 俺は出来るだけあっさり聞こえるように明るく言った。
「年の初めくらいちゃんと顔見せに行ってやらなきゃ、な。そうでなくても俺がいつも珱を取り上げちゃってるんだし」
「ゴメン……」
「バッカ、謝んな。お前が帰るって言わなきゃ、俺が引きずって向こうに放り込みに行かなきゃって思ってたんだぞ?」
 珱の腕がスルリと伸ばされて俺の肩を捕らえる。目を閉じて、近づいてくる唇を正面から受け止めた。
 ホッとしたんだろう、触れてくる唇はいつもより少し大胆に俺の舌を探しに来た。
 応えるように舌先で唇をぺろっと舐めると、びっくりしてすぐに舌を引っ込める。そんなところはいつまでたっても全然変わらない。
 少し照れた顔のまま、珱がもう一度正面から俺を見つめた。
「ホンマ、ごめんな。明後日の夕方にはここ、帰ってくるし。お前も家帰っといて」
 それで突然、思いついた。
「じゃぁさ、お前明後日の晩、ウチ来いよ。兄貴も美帆さんとこ行っちゃって、誰も来ないのーって、お袋機嫌悪いんだよ。お前が来てくれたらスゲー喜ぶ」
 珱は本当に困った顔になった。俺の顔と胸の辺りを何度も視線が往復する。
 それにしても、ウチなんか何度も来て泊まってるのに、まだ恥ずかしいのかね?
 この手の説得力ある代替条件に、珱は絶対逆らえない。
 それが分かってて言うんだから俺も相当意地悪だな、なんて考えてたら、俯いたまま珱がポツリと呟いた。
「ソレって……なんか、ヨメさんみたいやないか……?」
 可笑しさと愛しさに吹き出しそうになって、俺は慌てて力一杯珱の背中を抱きしめた。


 年が明けてすぐ、珱は早い時間から支度をして実家に戻っていった。俺も珱と同じ時間に出て、家に向かった。
 アパートのドアを開ける寸前、珱は後ろから俺を呼び止めてキスしたいなんて言い出して、そのあまりに真面目な顔が、珱の複雑な気持ちを全部表していた。
 珱は一歩を踏み出すのに俺の手を必要としてくれてる。寄りかかるためじゃなく、勇気を奮い立たせるための支えとして。
 だから待とうって決めた。
 珱が『これから帰る』って電話でもしてこない限り、俺から催促するようなことは絶対しないでおこうって。
 決めたのに……辛い。めちゃくちゃ辛い。
 珱がいないことがこんなに辛いとは思わなかった。
 飯を食っていてもテレビを見ていても全然気がそっちへ向かなくて、俺は正月だってのに何にもしないでただボーっと時間が過ぎていくのを待っていた。
 珱は今何食ってるかな……とか、もう寝たかな……なんてことばかり考えてしまう自分がものすごく情けない。
 思い返してみれば丸二日も顔を見ないなんて、去年の秋……俺の修学旅行が初めてだった。あのときは俺が珱を置いていく立場で。
 だからだろうか? あのときは珱のことを四六時中考えても、こんなに切なくなることはなかった。
 まだ二日の昼間だというのに、俺は何かと話しかけてくるお袋を適当に相手して、すぐに自分の部屋に引っ込んだ。
 気分が沈んで何をする気にもならなくて、ベッドにバタッと倒れ込む。
 このまま眠って夜がくるのを待とうかなんて、俺らしくもない弱々しい気持ちになりかけたところに携帯のベルが鳴った。
 珱のじゃないけど実家から掛けてるならベル音は違って当たり前。俺は慌ててポケットから携帯を取り出した。
「おめでとサン。暇してねぇ?」
 電話は友達の櫻井朋和からだった。
 正直に言おう。今俺は、心の底からがっくり来た。
「……めっちゃくちゃ、ヒマ。なーんもする気、起きねぇよ」
 ため息をつかないようにするのが精一杯。ごめんな、友よ。
 朋和がからかうように笑った。
「珱は? 一緒じゃねぇの? ヒマしてるヒマあんのかよ」
「アイツ、家帰ってるんだよ、昨日と今日。だから俺はうちでふて寝」
「へぇ……」
 朋和には詳しい事情を抜いて珱のこと少しは話してあるから、俺の言葉の意味をすぐに察したらしい。何も言わないけれど、さすがに驚いたようだ。
「良い傾向じゃないの、それって。もすこし喜べば?」
「うるせぇよ」
 言ってからふと思い当たった。
「ヒカリちゃんは? もしかして、お前も置いてけぼり組?」
「いや……、ココにいる」
「あ、ソウ…………」
 ちくしょう、寂しいのはやっぱ俺だけかよ!
「ごめん、ごめん。拗ねんなよ。明日初詣行こうぜ、四人で」
「男四人でかよ」
 思わず笑った。男同士といってもお互いカップルなのに、何だかこういう時は変な感じがする。
「初詣なんて、行ったことないらしいから……」
 朋和が少し遠慮がちに言った。
 朋和が大事にしてる結城ヒカリは、これまたややこしい事情があって朋和と出会った。
 何とか決着が付いたのは去年の秋を過ぎてから、それまでの朋和は悩んで怒って必死だった。
 珱と出会ったときの俺と同じように。
 だから朋和の気持ちは痛いほど分かる。ヒカリが喜びそうなことは何でもしてやりたいって気持ち。
「オッケー。珱は大丈夫だと思う。今俺、王様だから」
 俺の言葉に、受話器の向こうの朋和が呆れたように笑う。
「お前、サイテー。無茶すんなよ? 初詣来れなくなったら笑うぞ?」
「お前がソレ言うかな」
 じゃあな、と電話を切ってぼんやり考えた。
 何でこんなに大切なんだろう。……こんなに好きになれるんだろう?
 誰かが誰かを想う気持ち。
 俺も珱も朋和もヒカリも、それぞれが精一杯お互いを想い合う。自分の命を引き替えにしても構わないって思うくらいに。
 今年は去年よりもっともっと幸せになろうな。
 両親と小さな弟に囲まれて、戸惑いながらも自分の居場所を探しはじめた珱を思って、俺は心の底からそう思った。


 夕方になって兄貴が顔を見せた。
 新年から美帆さんのトコに行きっぱなしではさすがにまずいと思ったらしい。ようするにお袋のご機嫌取りだ。
「明けましておめでとうございます」
 なんて、玄関先で丁寧に頭を下げて、自分の家に入ってくる。 本当にこのうちの男連中はお袋に頭が上がらない。
 お袋はうふふ、と嬉しそうだ。こんな年になった息子でも可愛いもんは可愛いらしい。上機嫌ついでに俺の方をくるっと振り向いて訊いてきた。
「珱くんは何時頃帰ってくるの?」
 帰ってくるってのはちょっと違うんじゃない?とは、とても言えた雰囲気じゃない。お袋にとっては、もう珱は息子みたいなものなんだろう。
 もしかしたらやっぱり、婿に貰ったと思っているかも……
「さぁ、時間とか聞いてねぇよ。そんな、さっさと帰ってくる訳にいかないだろ?」
「そうよねぇ……。あちらも久しぶりだものね……」
 また少しヘコんで、お袋はとぼとぼとキッチンに入っていった。その背中を見送ったあと、兄貴がおもむろに振り返って俺の顔をまじまじと見つめた。
「何だ窪塚、いないのか」
「今日来ると思うけど」
「ふーん……」
 兄貴はしばらく考え込んで、それから
「俺、今日、一階の客間で寝るわ。気ィ使うだろ?」
 とだけ言い残して、スタスタとリビングに向かった。
 ……って、それ、どういう意味よ、お兄さま? 感謝しろってこと??


 なんてグルグル考えているところに、玄関のベルが鳴った。


 こんなに早く、珱が来るはずがない。期待すんな、俺! だって、夜まで向こうにいるって……・・
 でもドキドキが止まらない。震える手でドアノブに手を掛けた。
 扉の向こうに、きれいなシルエットが立っていた。
 大きくてよく光る、真っ黒な瞳。視線の位置は俺とほとんど変わらない。

 何にも言えないでただ見つめ合う。
 馬鹿みたいに心臓がバクバクいって、情けないったらない。でも嬉しくて、外の寒さに少し赤みを増した綺麗な顔をひたすら見つめた。
「ただいま……」
 吐く息が白い。一瞬の靄のようなそれですら見逃したくなかった。
「なんか、思ってたより、早よ着いた……」
 走ってきたんだろうか? えらく息が上がってる。
「駅前で瀬田兄の車に追い越されてんけど、やっぱ俺のが遅かった?」
 目を細めて、「当たり前か」と笑う。
 そんな、だからって走って来ることないだろ? 俺ん家は逃げねぇんだから。
「バッカ……」
 いつもの癖で腕を広げると、珱は迷いもせずに俺の胸に飛び込んできた。
 それをしっかり受け止めて両腕で抱き締める。誰かに見られるかも、なんて思いもしなかった。
「おかえり…………」
 おかえり、珱。俺の所へ。


 珱がリビングに姿を見せたときのお袋の喜びようといったら、見てる俺の方が困ってしまうくらい、派手で盛大だった。珱本人はもっと困っていたに違いない。
 きゃあーっと叫び声を上げて珱に飛びついて、頬を擦り寄せんばかりに背の高い珱を抱き締めた。
「いらっしゃい! 元気だった? お家は楽しかった? お母様はお元気だった?」
 珱が助けを求めるように俺を振り返る。
 あああ、なんて情けない顔するかな。ダメだ、こりゃいい加減で助けてやらないと。
「こらこら、そんなにいっぺんに質問しても珱は答えられないっつーの。そうでなくてもひとつ答えるのに5秒はかかる奴なんだから」
 いいながら、珱の胸の辺りにしがみつくお袋を引き剥がす。事の成り行きを黙って見守っていた親父が、ソファの向こうで大きなため息をついた。
 その気持ち、よくわかるぜ、親父よ。でもアンタもちょっとは止めろ?
 固まっていた珱がやっと肩の力を抜いた。
 ごめんな、毎度毎度、愛情表現がおおらかな母親で。
「あけまして……おめでとうございます。今年……も、よろしくお願いします」
 辿々しくそれだけ言って、深々と頭を下げる。
 お袋は笑顔全開。いまにもグフフフ、と笑い出しそう。と思ったらいきなり、
「明けましておめでとう。こちらこそ、今年もウチのいっちゃんをよろしくね」
 なんて恥ずかしい台詞と一緒に、やっと届く位置に降りて来た珱の頭をそっと撫でた。
 ちょっと涙が出そうになった。




 夕飯が済んで何となくリビングでダラダラしていると、お袋がパジャマを手に持ってやってきた。
「はい、珱くんの」
 そういうと、買ったばかりの新しいパジャマを珱に差し出した。
「お風呂入ってらっしゃい。その間にお布団用意しとくから」
 俺達と同じように、珱もお袋には逆らわない。素直にハイ、と返事をして大人しく風呂場へ向かうのは、俺が見ていても面白い。
 珱の姿が見えなくなると、お袋はおもむろに俺の方に向き直った。
「お布団敷くけど……どこがいい?」
 何で俺に訊く……と言いかけて返事に困った。
 俺達のことをお袋は知っている。珱が別宅で暮らすことが決まったとき自分からお袋に話したと、ずいぶん後になってから聞かされた。
 ドコまで言った、と聞いたら「全部」と答えたから、要するにソコまで知られてるって事で。
 喜んでいるかどうかは知らないがソレについては何も言わないし、知っていてなお珱のことを一番かわいがってくれるも、やっぱりお袋だ。
 だから、正直、困ってしまった。
 今までは俺に断りもなくさっさと客間に布団を用意してくれてたのに、一体どういうわけなのか。
 一緒の部屋はまずいって言いたいのか?
 それとも一緒の部屋じゃないとヤダと思ってる、と思ってるのか? ……だめだ、頭が腐ってきたな、俺。
 どう返事をしてもそういう意味に聞こえる気がするのは、俺の頭がすでにそっちに向いてるからに他ならない。ああ、そうだよ。珱の顔見た途端、スゲーやりたくなった俺は、どうせ鬼畜だよ、チクショウ!
「……客間でいいんじゃない?」
 やっとの思いでそれだけ口にした。
 声がひっくり返らないようにするのが一苦労。顔なんかまともに見られない。
 「そう、じゃ、そうするわ」とかなんとか、敵は意外にもあっさり引き下がった。今日のところは、それで許してくれるつもりらしい。
 助かったとホっと一息ついた瞬間、テレビに夢中なのかと思っていた親父がぽつりと。
「なんだ、水くさいな。斎の部屋に敷いてやったらいいだろう」
 リビングが一瞬シーンとして…………
 まず兄貴が吹き出した。続いてお袋が、そりゃもう盛大に、腹を抱えて笑い出した。
 ……ひょっとしてあなたたち、面白がってナイ? 
 カワイソウに、事情を知らない親父は一人取り残されて、呆然とした顔で俺の顔をじっと見た。
 許せ、親父。この場合、俺にもどうにもしてやれない。でもアンタもいい加減、気がつけよ!
 ったく、この家はいったいどうなってるんだ!?


「……というわけで、お前は今晩、ここで寝ることになった」
「マジで…………?」
 髪の毛から滴をしたたらせたまま、珱は部屋の前で呆然と立ちすくんだ。
 珱が風呂から上がって来たとき、俺の部屋できちんと整えられた客用布団が一組、珱の帰りを待っていた。
 珱はまだ決心がつかないらしく、なかなか部屋に入ってこようとしない。不自然な位置に視線を外して、わざと布団を見ないようにしてる。
 いいけどさ、そんなことしてもこの布団はどこにも行かねぇよ?
「お前の隣で寝ろて?」
「ナニを今さら」
 俺達今までどんなコトしてきたっけ? なんかもっと恥ずかしいコトのような…………
「そういう問題やないやろ?」
「あきらめろ。この家でお袋に逆らえる奴は誰もいない」
 いや、この場合は親父のせいなんだけど。
「んなこと言うても……」
 ああ、もう往生際の悪い! 
 俺は立ち上がって珱の腕を掴むと、無理矢理部屋に引っ張り込んだ。入れ替わりに風呂に入るために部屋を出ようとして、いちおう釘を刺しておくことにした。
「……逃げんなよ?」
 ま、あとはなるようになれ、だ。



 風呂から上がって部屋に戻ると、案の定珱は早々に布団を頭から被って寝に入っていた。
 何ていうか、こういうところが昔から変わらないんだよな。
 呆れるより可笑しくなって、俺は込み上げる笑いを堪えながら部屋に入った。
「こら、珱、顔見せろよ」
 珱はぴくりとも動かない。
「珱、くーん」
 ……やっぱり返事がない。
 俺は布団の横に跪くと、勢いよく掛け布団をひっぺがした。
「珱っ!」
「う、わ!!」
 慌てて珱が飛び起きる。それを逃さず、細い体を腕の中にしっかり抱き留める。
「あほ、何すんねん! 離せっちゅうに!」
「やだね」
「やめぇや。シャレならん……んっ」
 珱の抗議をキスで塞いでとりあえず黙らせた。
 さて、これからどうするか。このまま雪崩ちゃったほうがいいんだろうか?
 何度も角度を変えて唇を重ねながら、パジャマの胸元に手を差し込む。 ひんやりした感触が俺の手のひらの熱で少し暖まる。襟を大きく開けて鎖骨に沿って口づけると、条件反射のように珱の口から小さく息が洩れた。
 俺の頭を押しのけようと、珱が腕を伸ばして弱々しく抵抗する。手首を掴んで抗う動きを封じてから 一気に体重を掛けて体の下に抱き込むと、今度は抵抗しなかった。
 見下ろすと困ったような、躊躇いを隠しきれない瞳を向けてきた。
「……どうするよ? 俺、声出たら止まらへんで。めっちゃバレバレやん」
「声は……マズいと思う。我慢しろよ?」
「ムチャ言うなっ……、ぜってー音もするし!」
「音の方は俺が何とかするから」
 笑いながら口づけると、うそばっか、とか言いながらやっと腹を括ったらしい。俺の首に腕を絡ませると、自分から唇を寄せてきた。
 冷静になって考えたら結構どころか、これってかなりヤバい。
 家族と同じ屋根の下でセックスするのは、ちょっと罪悪感みたいなものすら感じる。俺ですらそうなんだから、珱はもっと複雑だろう。スリルっていう言い方も出来るけど。
 でも……今日は、今夜だけは珱をいっぱい愛して眠りたい。
「珱……昨日、何してた?」
 パジャマのボタンを外す速度に合わせて平らな胸に口づける。ポツンと目立つ突起を含んで甘噛みすると、珱は息を飲んで少しだけ頭を横に振った。
「弟……と遊んで、もうハッキリ喋りよるし……。『おにーちゃん』やて……」
 また息を吸い込んで言葉が途切れる。
 俺の肩から腕を辿って手のひらを探り当てると指を絡ませた。その手を強く握り返して聞こえていることを珱に知らせる。
 そのまま鳩尾からその下へと舌で軌跡を描いていく。パジャマのズボンに手を掛けると、脱がせやすいようにか、珱は反射的に腰を浮かせた。
 何の苦労もなくズボンとトランクスを一緒に引き抜いて適当に放り投げてから、俺も着ていたトレーナーとスウェットパンツを急いで脱ぎ捨てる。
 その間ずっと、珱は腕を顔の前でしっかり組んでじっとしていた。
 白熱球の光が濃い肌色に、赤く染まったような影を落としている。
「珱……?」
 呼びかけたら、ン?と目だけで俺を探す。
 目が合うとゆっくり腕を広げて唇だけで『は-や-く』と言った。
 早く、早く欲しい。……もうすこし待って、俺も同じだから。
 中断したあたりからキスを再開する。
 足の付け根をひとしきり彷徨って、ようやく放置されていたものに辿り着いた。
「斎……」
「ん? どした?」
「ソレ、ヤバい……」
「ヤバいって、コレ?」
 言いながら、勃ち上がって辛そうに揺れる珱のペニスを口に含む。ウッとうめいて珱が思わず腰を捻るのをやんわりと押し戻す。
 舌で先端を刺激してやると、今度はハッキリ声が漏れた。
「ヤバいって、声はぁ……」
「ゴメ……、やば……」
 思わず笑いが込み上げる。もっと意地悪したくなる。わざと音が出るように、根元から先に向かって大きく舌をスライドさせる。唇を窄めて何度も往復する。
 珱は腕を口元に押し付けて、喘ぎを辛うじて空気の漏れる音に変えた。
「クッソ……アホ斎っ…………」
「キモチイイ?」
 笑いながら問いかけると顔を顰めて、もう一度『アホ』と言った。
「知らんで、もう……してること、バレても」
 上気した顔はそれでもすごく気持ちよさそうで、そんな顔を見ているとバレてもいいって心底思った。
 ていうか、もうバレてるけど、そうじゃなく今俺がすごくすごく珱を愛していて、珱もそれを心から望んでくれていること、誰に知られたって構わない。
 そう思わねぇ?と尋ねたら、あっさり思わない、と返された。
「何でよ?」
「、ボケっ……バレたら俺、明日どんな顔してみんなに会え、て?」
「思いっ切りエッチしましたーッって顔」
 ダメだこりゃ、と言わんばかりに、首がカクッと後ろに垂れる。
「……アホなコト言ってんと、早くして?」  
 それでもヤメタって言わないところを見ると、珱ももう止まらないらしい。全然甘えた口調じゃないのに切羽詰まって聞こえる。
「じゃ、早いけど、して良い?」
 いちおうお伺いを立ててみたり。
 珱がお好きなように、って顔で、俺の髪の毛に手を入れて軽く握りしめる。膝を開いて腰を浮かし気味に引き寄せようとするのを、首を横に振って遮った。
「バッカ、ちげーよ。ちゃんとしてやるから」
 珱の腰に腕を回して体を起こすのを手伝って、俯せにする。珱は素直に膝を立てると、前に組んだ自分の腕に顔を埋めた。
 目の前に晒された双丘に軽くキスしてその奥へと舌を進める。舌先がそこに触れると、珱の体がそれと分かるほどハッキリ揺れた。
 目にする度に心が痛む場所。毎回毎回壊れてしまうんじゃないかと心配して、それでも自分を押さえられなくて情熱をぶちまけてしまう。
 今さらに俺を初めて受け入れた15のとき、珱はどんな気持ちだったんだろうと思う。

 わからないからこそ大事にしたい。
 珱が俺にくれたもの全部ひっくるめて、力一杯抱きしめたい。

 はっきり形にならない胸の痛みを意識しながら、夢中で舌を動かした。
 初めは固く閉ざされていた場所が少しずつ解け始める。
 手を伸ばして前を刺激してやると、珱はくぐもった声を漏らして、俺の手のひらを少し濡らした。
 つられてアナルがギュッと締まる。 まるで生きているみたいに俺の愛撫に反応して、開いたり閉じたりを繰り返す。
 ようやく満足がいくまで準備を整えると、俺は珱の腰を両手で支えて、ゆっくりとそこに自分を押し付けた。
 めり込んでいく感覚に意識が引きずられる。それだけでイってしまいそうになる。
 どんなに珱を欲しがっていたかを、何度も何度も思い知らされる瞬間。
 珱が何かを飲み込むような音を立てる。
 珱にとってはセックスの中で一番きつい瞬間。挿入が快感に変わるのはたぶん、もっとずっと後からで、今はただ、それが通り過ぎるのを息を詰めてじっと待っている。
「斎……」
 ぼんやりと俺を呼ぶ声。
 もう大丈夫なんだな。わかってるから、言わなくて良いよ。
 ギリギリまで引き抜いて、もう一度強く腰を打ち付ける。肌がぶつかる湿った音に混じって、珱の唇から声にならない声が漏れた。
 仰け反るたびに肩胛骨が綺麗に隆起して髪が揺れる。
 ああ……ほんとキレイだな、珱って。髪の毛までキレイ……
 途端に締め付けられて息が詰まった。
 コイツもしかして俺の考えが読めるんじゃねぇかな、なんてバカなこと考えるのはやめにした。実際それどころじゃないし。
 珱の内側はどんどん湿って熱くなって容赦なく俺を締め付ける。腰を引くとそれを拒むように、さらに強く引きずり込まれる。
 擦られて限界の来てるヤツを意識しないようにと思ったけど、上手く行かなかった。
 珱が繰り返し俺を呼んでる。
 感じてるときとかイクときに俺の名前を呼ぶのは、最初のときから変わらない。どうしてかな、と思うけど珱には黙ってる。言ったら恥ずかしがって二度と呼ばなくなるに決まってるから。
 切なげに『いつき』って言う声に、泣いてるような響きが混じる。
 泣くほどいいの? それとも苦しいの? 教えて、珱。
 珱の腰に手を添えて、限界まで深く自分を埋めた。

 そうしたら聞こえない言葉が聞こえるかも知れない。俺の声も届くかも知れない。
 スゲー、逢いたくて逢いたくてたまんなかった……

「いつ、きっ……っ」
 珱の背中がビクンと反り返って、体が小刻みに痙攣しはじめて……あっと思ったら痛いほど締め付けられた。
 油断してたから直接脳にキて、腰にイって、ヤバっと思ったけど止まらなかった。
 珱のバカヤロ、イクときに俺を道連れにすんなよ!
 あ〜あ、もうちょっと中にいたかったのに、なんて思いながら、崩れ落ちる珱の体を何とか支えて勢いよく自分をぶちまけた。


 ようやく震えが止まって、珱の体から力が抜けた。
 俺もさすがにクラクラしながらゆっくり体を離す。俺が抜ける瞬間、小さく声を漏らしたのが痛々しかった。
 静かに布団に横たえると、今気がついたみたいに俺に目を合わせて微笑んで、ホッと息をつく。
 その顔はどこから見ても満足そうで……バカみたいに嬉しかった。
「満足した?」
 こんなコト訊いたら怒るだろうなと思ったら、火照っていつもより明るさを増した顔でとんでもないことを言ってきた。
「お前こそ、イッたんか、ちゃんと?」
 ……どうしちゃったの、珱さん? 壊れちゃった? 
 そんな潤んだ目で面と向かって訊かれたら、なんかすげぇ、柄にもなく恥ずかしいんですけど? いや自分が訊くのは平気だけど、珱に言われるのは……
「知らないの? マジで?」
 ああ、もう突っ込むなよ俺! 珱のヤツ、なんかやばいって。
 だってこんなに色っぽいし、まだイッてるみたいな顔してるし……
「知らねぇよ、記憶無い、飛んでる。……そこだけ」
 待って、今、心臓止まりそうになった。
 今気がついたみたいな顔して目ェ逸らせないでよ? あ、顔赤い。
「ちょっと……やばいくらいヨカッタし……」
 オイオイ、やばいのは俺だって〜〜〜〜!
 信じらんない、この悪魔! そんなこと言って、俺を喜ばせてどうすんの?
 誘ってるようにしか見えないんですけど……

 ウロウロと視線を彷徨わせる珱をちゃんと座らせて腕の中に納めて、とにかくホッとした。これ以上あんな顔見てたら、俺の方がオカシクなっちまう。
 もう、ほんとに時々びっくりするようなことを言い出して、俺を困らせる。
「斎」
 珱が小さく俺を呼ぶ。
 ああ、こんなに近くでまともに視線なんて合わせたらやばいやばいやばい。キスくらいさせてくれるかな?
 と思ったら俺を引き寄せて自分からキスしてくれた。
 今日のお前、ホントに悪魔だわ。
 なんか別のこと考えないとマジでヤバい、止まんねぇ。
「アケマシテ、オメデト……」
 『今年もよろしく』なんて俺の気も知らないで、顔を真っ赤にしながら言ってくる。
 バカだな、そんなのがまだ照れくさいなんて。
 たぶんいつまで経ってもこうなんだろうなと思ったら、何だか切なくて…………
 このままでいて欲しい、と心から願った。
 今年だけじゃねぇよ、来年も再来年もずーっとだよ。決まってんじゃん、そんなの。
 ずっと一緒に居ような。


「明日さ、朋和たちと初詣行かねぇ? ていうか、もう約束しちゃったんだけど。ヒカリって初詣とか行ったことないんだって。いい?」
「……ん、ええよ」
 もう一回しつこくキスして、耳元で囁く。
「そのあとソッコー家帰って、お前が火ィ点けた分、責任とってね?」
 言うと珱は少し困ったように、
「それこそ、めっちゃバレバレやん……」
 と笑った。


 オワリ


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