今年の計は二日から ver.E




 両親と暮らした家を出てから二回目の正月、俺は初めて家に帰った。
 初めてというのは正確じゃないけど、ちゃんと戻らなくちゃ、と思ったのは初めてかもしれない。
 年の初めくらい顔を見せなきゃなんて、自分でも変なところに拘ると思いながらも、そういうことは疎かにしちゃいけないんだって何となく思った。
 そう決心したとき何が一番心に引っ掛かったかというとそれはやっぱり斎のことだ。
 正直言って実家に帰るのと斎と一緒にいるのとどっちがいいかと聞かれたら、俺は迷うかどうか自信がない。一瞬も躊躇しないで斎のことを選ぶような気がする。
 でもそれじゃ駄目なんだって思うから、自分を甘やかしてばかりじゃ何にも変わらないって斎が教えてくれたから、俺は腹を括って斎に切り出した。
 『正月は実家に帰る』って。
 斎は止めなかった。
 もちろん反対するような奴じゃないのは分かってる。
 でも、もし斎が『行くな』っていったらやめようって思ってた。俺はここでも自分の逃げ道を斎に求めてた。

 斎は止めなかった。行ってこいって、笑った。

 俺は元旦の朝、実家に戻り……帰ってきた。ここに……斎の元に。



 風呂から上がってリビングに戻ると、斎のお父さんとお母さんが二人でテレビを見ていた。斎の姿は無かった。
 どうしようかとぼーっと突っ立ている俺の気配にお母さんが気がついた。
「あ、お風呂終わった? 風邪引かないようにアタマちゃんと乾かしてね」
「……あ、スミマセン。風呂、お先でした……」
 斎は?なんていきなり聞くのはどうにも恥ずかしい。
 斎のうちはとにかく俺に良くしてくれて本当に感謝してるけれど、家庭の団欒ってやつに全然免疫の無い俺は、こうして優しい言葉を掛けられてもどうしていいか解らない。
 特にお母さんには俺たちの事情を全部知られてるから、どうしても余計なことばかり考えてしまうのだ。
「斎の部屋にもドライヤーあるから。お布団も敷いてあるし、もう寝なさい」
「あ、ハイ……」
 布団とドライヤーと何の関係が?と思ったが聞けなかった。
「おやすみなさい」
「あ、じゃあ失礼します。おやすみなさい……」
 ぺこっと頭を下げるとお父さんが振り返って少し笑った。
「おやすみ。ゆっくり寝なさい」


 
 答えはすべて斎の部屋にあった。
 ドアを開けたまま固まってしまった俺を斎はしょうがねぇな、という顔で見て、それからおもむろに言い出した。
「というわけでお前、今晩はここで寝る事になったから」
 俺がもし、というわけってどんな訳だよっとか間髪入れず言い返せる人間だったら、たぶん斎と出会うことは無かっただろう。
 よしんば出会ったとして、斎の家のおんなじ部屋で寝ることがものすごくマズい、と動揺する関係にはならなかったはずだ。
 早い話が俺の寝場所は斎の部屋に用意されていた。
「マジで……?」
 これはまずい。ものすごくまずい!
 だって俺はこの二日間というものずっと斎に会いたくて会いたくてバカみたいに苛々して、本当はもう少しいて欲しそうな母さんの目に気がつかないふりをして早々に家を出た。
 ここにはお父さんもお母さんも瀬田兄もいるし、いつも俺は客間で寝てたし、斎の顔を見てオカシクなっても大丈夫、我慢できるって思ったからこそ来れた。
 斎の顔を見て話をして、ちょっとキスとかできたらそれで満足しようって。なのに。
「突っ立ってないで入れば?」
 斎は明らかに面白がっている。ちくしょう、俺の気も知らないで!
「ちょ、ちょぉ待て。お前の隣で寝ろて?」
「何を今さら」
 斎が呆れたように言う。そういう問題じゃないっなんて反論も、けんもほろろに流された。
「あきらめろ。この家でお袋に逆らえるやつは誰もいない」
「んなコト言うてもっ」
 諦めるとか諦めないとかの問題じゃねえよ! っていうか諦めてどうする! 
 斎はハア−っとため息をつくと、いきなり俺の手首を捕まえて思い切り引っ張った。思わずよろけたら、すかさず腕を回して抱き抱えられた。
 それだけでどうしようも無く頭がくらくらした。
 ダメだ、こんな調子じゃ一晩持たない。
 軽く抱き締められただけで俺、コンナンなってる。斎の隣で平気な顔して眠れるわけが無い。
 触れて欲しくてどうしようもなくて、絶対自分から言い出してしまう。
 どうやったらこの状況を抜け出せる?
 斎が風呂に入ってるあいだに布団抱えて客間に逃げようか、なんてぐるぐる考えているところに、駄目押しの一言が降ってきた。
「……逃げんなよ?」
 ハイハイ、どうせ俺の考えてることなんて、オマエにはお見通しだよ。


 斎がいなくなった部屋で、俺は何にもできずに長い間座りこんでいた。
 大丈夫、斎だって両親と同じ屋根の下で下手なコトはできないはずだ。
 音だって聞こえるだろうし、声だって……、声……?
 生々しいアレコレが頭の中を一斉に駆けめぐる。
 う、わっぁぁっと大声を上げそうになって、俺は慌てて枕に顔を押し付けた。
 これ以上恐ろしい考えが浮かぶ前に眠ってしまおう。
 俺は頭から布団を被ってぎゅっと目をつぶった。
「珱ー」
 うるせぇ、俺は寝てるんだ。声掛けるな!
「エ、イく〜ん?」
 ああ、もうやかましいっ。
 絶対流されちゃいけない。斎がどんなに誘っても、俺が冷静なら大丈夫。絶対……
「珱っ!!」
「うあっ」
 大声と共に布団がどこかに飛んでいった。
 斎ィ……お前、なんちゅうことをする!
 頭に来て飛び起き……ようと思ったら、気がついたときには、俺は斎の腕の中にスッポリと収まっていた。
「あほッ……何すんねん、離せっちゅうに……っ」
 精一杯抵抗しているつもりなのに全然力が入らない。
 何でこんなに情けないかな、俺?
 心臓が倍くらいに膨れ上がって、パンッと弾けてしまいそうだ。こめかみがズキズキと痛んだ。斎が更に力を込めて抱きしめてきて、訳が分からないまま泣きたくなった。
「やめえ、や……。シャレになら……んっ」
 震える声はそのまま斎の唇に飲み込まれてゆく。
 俺が抵抗できたのはココマデ。唇を塞がれたとたん、張りつめていた意識が途切れた。
 次の瞬間にはもう、斎の手のひらが首筋に触れて緩んだパジャマの胸元にゆっくりと降りてくるのを、息を詰めて待ってて。
 思考よりも本能の方がずっと正直って訳だ。無意識に斎の頭に手が伸びて、手首を軽く掴まれた。
 掴まれた腕もゆっくりと重なってくる胸もジンジン熱い。頭の中なんて、何かが溶けて流れ出そうだ。俺を見下ろしている斎の顔すら、ぼんやりぼやけて遠くに見える。
「どう……するよ? 俺、声出たら止まらへんで。めっちゃバレバレやん」
 余裕を見せようとして玉砕。声、震えてるし。斎が嬉しそうに目を細める。
「声はマズい、と思う。……我慢しろよ?」
 無茶なことをっ! 絶対無理だって。声出なかったことある?
 後ですっげー落ち込むくらい恥ずかしいこといっぱい言わされてんだぞ、俺。
 第一、音もする。絶対する!
 往生際も悪く最後の抵抗を試みた俺に、斎はしれっとした顔で言ってのけた。
「音の方は俺が何とかするから」
 何だか馬鹿馬鹿しくなって力が抜けた。どうしてコイツはこんなに脳天気なわけ?
 俺がどんなに我慢して……

 ふっと何かが解けた気がした。そうか……
 我慢……しなくていいのか。

 目の前に斎がいて、こんなに近くにいて、我慢しろって方が無理な話。
 だって俺も会いたかった。家に帰るって決心したこと、馬鹿みたいに何回も後悔した。

 目を閉じるとすぐ、唇に斎の唇が降りてきた。少し乾いてかさついた感触。
 夢中で腕を伸ばして斎の首にしがみついた。
 馬鹿みたい、俺。キスされて勃ってる……。
 胸の突起を弄られて思わず声が漏れる。そのたびに背筋がヒヤッとした。
 体中の神経が剥き出しになってるような気がする。どこに触れられても痛いくらい気持ち良い。
「珱さ、昨日、何してた?」
 斎の手が移動する方向に神経が集中してそれどころじゃないのに、相変わらず飄々とした口調で聞いてくる。
 膝から内腿を撫でられて体が震えた。
 焦れったくて、もっと強い刺激が欲しくて、真っ暗な視界がグラグラ揺れる。
 上の空で適当なことを答えた。本当はお前のことばかり考えてたんだから。でも悔しいから絶対に言わない。
 余裕がなくて、今にも自分からねだってしまいそうだなんて、ホントにどうかしてる。
 こんなこと今まで一度もなかった。
 体の中から噴き上がるものをどうにかして欲しくて気が狂いそうだ。助けて欲しくて必死で斎の手を探した。
 着ていたものをいつ脱いだのかすら解らなかった。
 呼ばれた気がして目を開けると、斎のきれいに隆起した胸の辺りがうっすら見えた。
 触れたくて、触れて欲しくて、体が勝手に伸び上がる。
 声に出さずに『はやく』って言ったのがわかったのか、斎の嬉しそうな顔がみるみる近づいて唇が触れた。
 繰り返し口づけられるだけで意識の輪郭がぼやけていく。
 解放されてヒヤリとした感触が残る唇を思わず舐めた。
 内腿を柔らかく吸われて、一瞬忘れていた恥ずかしさが込み上げる。斎の目の前に欲望を全部晒したままその先を求める俺。どうしていいかわからない。
 触れて。
 触れないで。
 触れて欲しい。
「それ、ヤバ……」
「……ヤバいって、コレ?」
 言い終わらないうちにペニスを銜えて舐められた。
「あんっ、あ、あっ」
 腰が痛いくらい痺れて声が勝手に漏れる。
 なんて声だ。声ですら欲しがってる。
 声はやばいと笑う斎の顔もぼやけるのに、なぜか舌で支えて俺を吸い上げる唇だけはハッキリ見えた。
 クソっ……! 斎のアホ、わざとしてやがる。
 自分の腕に噛みついた。ここでまた声なんか上げたら、今度こそホントに外に漏れる。
「気持ちイイ?」
「アホっ……」
 知らねぇぞ、もう、バレても。ああでもバレるのはやっぱまずいって!
 斎とセックスするのは気持ちいい。頭がおかしくなったみたいに幸せで、思いっ切り泣いて恥ずかしいとこ全部晒して愛されたい。
 でもそれを斎の家族に知られるのは…………
 知られてるけど、実感させるってのは…………
 ちょっとじゃなく恥ずかしいんだよっ! アホ斎っ!!
「アホなこと言ってンと早くして?」
 もう限界がソコまで来てる。
「……しても良い?」
 なんて聞いてくる斎に焦れて、自分から足を開いて引き寄せた。
 でもなかなか欲しいものをくれなくて、俺を膝立ちにさせて後ろを焦れったく愛撫する。
  こんなトコでこんなコトするつもりなかったから必要なもの何にも持ってきてないし、しょうがない、んだけど。
 もし、今突然部屋に誰か入ってきたら、どうするつもりなんだか。俺は四つん這いで腰を高々と宙に向けて、そこに斎が顔を伏せてて、これでなんにもしてませんなんて言い訳が通じるはずナイ……
 斎の舌が大きく滑って、前と後ろの敏感なところを何度も何度も往復する。
 ちょっと待って斎、それ、すげぇマズいって。俺がソレにめっちゃ弱いの、知って…………
 体が折れそうになってヒヤッとした。
 ダメだって。痛いのは我慢できるけど、気持ちいいのは我慢できない。
 前に組んだ腕に唇を押し付けて必死で声を殺した。
 体の奥から沸き上がってくる熱いものが上手く逃げていかない。侵入してくる舌を逃がさないように、アナルがヒクついて収縮するのが分かる。
 前を弄られて少し達った。
 遅れてよく知った、熱くて硬いものが押し入ってくる。息を詰めてその感触だけを追いかける。何も考えられない、斎のこと以外、何も。
 拡げられて襞のひとつひとつを引きずられる……

 すげぇ…… 壊れるよ、俺……  なんかもう、全部どうでも良くなってきた。
 叫んでない、俺? ああもう、訳分かんねぇ。
 いい……ちょっと信じらんないくらい、気持ちいいよ、斎。

「いつきっ…………」
 斎に聞こえてるだろうか? 幾度と無く打ち込まれる熱い塊は俺を内臓ごと掻き回して、切ない余韻を残して引かれる。
 行かないで、って思う前にまた強く突き上げられて、吐き出す息が喉に絡んだ。
 頭も体もドロドロになって、どこからどこまでが自分なのか分からない。
 出せない声の代わりに涙が勝手に流れた。
 多分、こうしてバランスを取らないときっとおかしくなってしまうんだ、人間って。
「斎……いつっ、」
 目の前が揺れて背筋が反り返る、もう…………
「っ、いつ、きィっ……」
 放った瞬間にはすでに、意識はどこかに飛んでいた。

 張りつめていた全身からゆっくり力を抜く。
「満足した?」
「オマエこそ……イったんか、ちゃんと?」
 ろれつの回らないまま、気になって聞いてみた。
 こんなこと平気で口にするなんて、俺やっぱどうかしてるわ、今日。
 斎はびっくりしたように俺の目をのぞき込んできた。
「知らないの? マジで?」
「知らねぇよ。記憶無い。飛んでる、ソコだけ」
「マジ??」
 そりゃ感触で分かるけど、そうじゃなくて。
「ちょっと、ヤバいくらい良かったしな…………」
 そう言ってやると斎はものすごく嬉しそうな顔をして、俺をゆっくり引き起こして両方の腕でぎゅっと抱きしめてきた。
 火の点いたような顔を肩口に埋めて、体ごと預けて寄りかかる。
 普段なら絶対言わない言葉が、自然に口をついて零れてくるのが死ぬほど照れくさいけど。
 いいよな、ちょっとくらいサービスしても。正月なんだし。
 そういえば何か忘れてるような気がする。何だっけ?
 もう一回風呂入らなきゃ、明日俺、死ぬ目に遭う……違う、そんなことじゃなくて。
 ……あ、思い出した。
「斎、」
「んー?」
 視線を合わせると、何だかエラく神妙な顔を向けてきた。引き寄せて軽くキス。
「今さら……やけど……明けまして、オメデトウ」
 ああ……こういうの、やばいくらい照れくせぇ。

「今年も、いっぱい、よろしくな……」



おわり



2002年正月初更新。コンセプトは『今年こそ言えないことを言ってみよう!』

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