◇ 一月一日・午後11時 ◇



 最後に珱は細く長い声を漏らした。辛うじて保っていた意識の糸がとうとう切れて、細い手足が無造作にシーツに投げ出される。まだ快感が尾を引いているのか、そうでなくても乱れた呼吸のリズムをさらにかき乱すように、時折肩がビクッと震えた。
 ギュッと目を瞑って呼吸を整えようとしてるけど、上手くいかないみたいだ。わずかに開いた唇の間から苦しそうに舌を覗かせている。その様子があまりにも辛そうに見えて、ドキッとした。
「平、気か…?」
 俺も息が上がってて、舌がかなり縺れてる。格好悪ィな、と思わず苦笑いした。
 いくらひさしぶりだからって、珱のコトはおろか自分の限界も解らなくなるくらい我を忘れてたってコトだ。
 珱を前にすると俺はいつまで経っても余裕がない。慣れるとか飽きるとかいうことを知らずにいる。
 ようやく少し意識がハッキリしてきたのか、珱が俯せのまま少し身動ぐ。その顔を覗き込んでもう一度「大丈夫か」と声を掛けた。
「ん、ウン…平気。すげ…」
「すげ、…何?」
 キモチヨカッタ?
 からかうつもりですかさず言葉尻を捉える。珱が困ったように口ごもる様子を眺めるのが好きだから、こういうチャンスは見逃さない。
「何?」
 反応を伺いながらもう一度繰り返す。
 珱の大きな瞳がくるりと動いて俺をじっと見上げる。ニッと笑いかけると思わず、ってふうに唇を歪ませた。
 汗で張り付いた髪をそっと額から払ってやる。珱がうっとりと目を閉じる。指で頬に触れると瞼が動いて反応する。次に触れられるのはどこだろって表情をするから、期待に応えて唇を親指で撫でた。次は額、その次は鼻の頭。耳を擽られるのはさすがにちょっと嫌がった。
 珱は黙って俺の好きなようにさせている。少し甘えたい気分になってるのかも知れない。
 指を絡ませてギュッと握り込んで、細い背中に胸を重ねた。重いけど少しだけ我慢しろよな。
 腕に、胸に、頬に、珱の体温が伝わってくる。
 距離が近ければ近いほど温かい。隔てるものが無ければ無いほど…。
「斎、んと…すげ、……」
 しばらくして、また一言。
 あとの言葉が続かない。俺の名前を呼んだ珱の声がぼんやりと耳に残った。


 静かな、夜。
 ほんのり暖められた部屋にいるのは俺たちだけ。この小さな世界に閉じこめられてしまったみたいだ。音も体温も空気の存在すら感じなくなって、お互いの身体が皮膚とか骨とかに隔てられていることを一瞬忘れてしまう。
 繋がっているというより、溶け込んでる感じ。ひょっとしたらホントにどこかが溶けて、混じり合っているかも知れないと真面目に思った。


「…音がする」
 珱が唐突に呟いた。キョトンとした声。
「音? 何の?」
「聴こえへんか? なんかさらさら言うてる…」
 ホラ、と目で促されて耳を澄ます。ひっそりと息を詰める。珱も、俺も。
 時間がまた少し足を止める。



  音が  聴こえた




 意識を澄ませていないと風の音にすぐ紛れてしまう。ほんの微かな音を意識で拾って、頭の中で少しずつ大きな音に換えていく。


    サ  ――――――――


「雪の音、だ」



 珱を毛布で包んで抱え上げて、窓辺に近づく。カーテンの隙間から外を覗くと、すっかり溶けてしまったと思っていた雪がまた積もり始めていた。辺りはうっすら粉雪に覆われて白い光をぼおっと浮かび上がらせていて、まるで地面から発光してるようだ。
 あの音はもう聴こえない。というより聴こえているのかそうじゃないのか、よく判らなくなってしまった。
「すげぇ…こんだけ積もるのって珍しいぜ」
「そやな、俺も見たこと無い…」
 珱も夢中で外の景色に目を凝らしている。真っ黒な瞳が外の明かりを弾いて光る。この雪に負けない綺麗さだと思う。
 窓に顔を近づけると、冷え切った外気がガラスから滲んでくるみたいにひんやりした。思わず珱を抱え直して温かいことを確かめる。珱も同じように思ってたみたいで、クスクス笑いながら俺の腕に素直に体を預けてきた。
 うん、やっぱ温かい。この距離ならお互いの体温が溶けて、混ざって、やがてひとつの熱になる。
「斎、な…」
 ぎゅっと腕を引っ張られた。
「もっと…しよ。…して」
 薄い毛布がするりと肩口を滑り落ちて、褐色の肌色が目の前に晒される。
「さっきの、すげ、ヨかっ……」
 唇に指を当てて、消え入りそうな声を遮った。
 なんだか胸が痛くなったから。



  艶のある色の濃い項にそっとくちづける。手のひらを広げて裸の肩から背中にかけてゆっくり撫でる。珱が静かに息を吸い込むと、俺の手のひらで暖められた肌の熱気が立ち上るのが見える気がした。
 向かい合って、心を込めて、今年初めてのキスをする。去年も一昨年も同じように。そして来年も、その次も、俺たちは同じ気持ちでキスを交わすんだろう。

 さあさあと降り続く雪の音はもう聴こえないけど、唇を離して目を上げると、白くやわらかな雪の光が窓をほんのり照らしているのが見えた。




end



おやすみなさい...