12月のイベントと言えば誰もが真っ先に思い浮かべるのは、やっぱりクリスマスと大晦日だろう。
 11月に入るとすぐ街中で赤や緑がやたらと目に入るなーなんて、何となくピンと来ないままぼんやり眺めているうちに、あっという間に12月に。そしてハタと気がつくと年末になっていたりするってのが、ほぼ毎年繰り返されるスケジュールだ。
 今年もまた珱とラヴラヴのホリーナイトを過ごせたらそれで満足の俺としては、正直言って世間がどんなに盛り上がろうとあまり関係ないような気がしないでもない。
 でも今年は、いつもの年とはちょっと違ったんだ。
 どこが違うかって、それは他でもない、俺の通う高校の創立祭がクリスマスより先にやってくるというところが。
 都内でも名の通った進学校であるうちの学校の生徒は『志望大学現役合格を最終目標に、柔軟でグローバルな視野と確かな学習能力を育てる』というスローガンの下、普段はそれこそ冗談を言ってるヒマもないくらい勉強、勉強で追いまくられる毎日を過ごしている。
 2年になったら受験は目前と思えとばかりに修学旅行も1年の1学期中に済ませてしまうし、学祭も体育祭もしょうがないからやってるって感じで盛り上がりは今ひとつ、何とも地味な学校生活だと思う。
 そんな削れるまで削り取った感のある必要最低限の学校行事の中で、唯一学校中で羽目を外して盛り上がれるイベントが、もうじきやってくる創立記念週間なのだ。
 メインであるラスト三日間の創立祭を含むこの一週間は、生徒も教師も普段の欲求不満を一気に解消するかのように異常な盛り上がりぶりを見せるらしいとは、クラスの誰かが先輩から仕入れてきた情報だ。
 はたして、その情報は確かなものだった。
 中間テストを終えた11月中旬から期末テストまでのわずかな期間に着々と準備が進められ、「一体いつ勉強しろって言うんだー!!」と誰にも言えない文句を垂れつつどうにかこうにか期末を乗り越え、今は12月。学校挙げての本年最初で最後の一大イベントをめでたく成功させて、スッキリした気分で晴れて冬休みを迎えるべく、準備はもはや最終段階に入っている。

 創立祭まであと一週間を残すのみ、校内は日に日にイベント色が濃くなって浮かれムードが否応なしに盛り上がる冬のある日―――――事件は起きた。




*



「…でさ、明日から芝居の練習あるから、お前も放課後空けとけよ」
「はい?」
 放課後、創立祭の打ち合わせに出席するために誘いに行った3年の教室前で、突然先輩が言った。何の前触れもなく、突然にだ。
「…今何て言いました、先輩?」
「なんだ聞いてなかったのかよ? 昨日の会議でさ、クラス別の出し物で演る『ロミオとジュリエット』のロミオ役、お前に決まったから」
 ………???
 寝耳に水とは正にこのこと。
 そりゃあもう、飛び上がるほど驚いたさ。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。なんで先輩方を差し置いて俺が主役なんですか!? 冗談じゃないっすよ! イヤです、絶対ゴメンですっ! それじゃまるで欠席裁判ですって!」
「うるさいよ斎、1年の分際で先輩に逆らおうなんざ3年早ぇんだよ。何の用事か知らないが、大事な作戦会議をバックレたお前が悪い。昨日会議で満場一致で決定したんだ。お前に選択権はないんだよ♪」
「うっそだろ…?」



 言い忘れていたが、うちの創立祭には一風変わった伝統が存在している。
 3学年をクラス別に縦割りにしたグループ毎にそれぞれ趣向を凝らした出し物を発表するのが、毎年の恒例になっているのだ。屋台を出したり映画を上映したりと内容はそれぞれが自由に決めてよく、俺たち2組混合はくじ引きで講堂の舞台使用権を獲得して、芝居を掛ける予定になっている。
 だが俺が知る限りその演目はつい一昨日まで『ロミオとジュリエット』なんてモノではなかったし、主役は断じて俺じゃなかったのだ。
「うちの班がやるのは『車輪の下』だったはずでしょ。主役だって先輩のクラスの人に決まってたじゃないすかっ」
「ああアレな。そんな堅苦しい芝居なんか誰も観たかないだろって、急遽変更になったんだよ。どうせやるならベタなラブストーリーとかで盛り上がろうぜってことで」
「『ロミオとジュリエット』のどこが盛り上がるんですかっ」
「んなこと俺が知るかよ」
 我が身の事じゃない先輩は気楽なものだ。
「ちょっと待ってくださいってば!」
 あまりのショックに俺はほとんど悲鳴を上げた。
「んなこと急に言ったって、あと一週間切ってるじゃないすか。今から練習したって間に合うわけないし、大体何で急に俺にそんな役が回って来るんですか? 主役はフツー3年の中から出すモンでしょうがっ」
「しょうがねぇだろ、うちのクラスの女子が全員、お前を指名しやがったんだから。『こんなチャンスは二度と無いから、ぜひ瀬田くんの王子様姿が見た〜い』んだとよ。ちなみに2年の女子も同意見だそうだ。男連中はお怒りだぜー。お前、夜道には気をつけろよ」
「マジっすか…?」
 呆然と立ち尽くす俺を後目に、先輩は『ま、ガンバレよ』とか何とか適当なことを言い置いてさっさと姿を消してしまった。
 そんなはずはないのに、締め切られているはずの廊下にひゅーっと冷たい風が吹き抜けて、幻の木の葉が寂しく舞った。




*



 珱にこの話をしたら、案の定大笑いされてしまった。…まぁ覚悟はしてたけどさ。
「お前がロミオなぁ」
 珱はそう呟くと、俺から見えないように顔を伏せてププッと吹き出した。
 だからさ、そこで笑うの3回目だって。さすがにここまで笑われちゃ俺も立つ瀬がない。確かに自分でも握り拳をがっちり握って、『似合わねェ〜!!』と思いますがね。
「んなに笑うことないだろ。しょうがねぇじゃん、先輩命令には逆らえねぇんだからさ」
 面白くなくてプイッと横を向いたら、さすがに笑いすぎたと思ったのか、珱は並んで座ると俺の腕を持ち上げて自分の腕をそっと絡ませてきた。
 ぴたっと密着120%。
 わざとらしい機嫌取りだと分かっていても単純な俺には効果抜群だ。自分で言うのも情けないけどな。
 と思ったら珱は全然別のことを考えていたらしい。しばらくじっと黙ったあと、心持ち眉を顰めて呟いた。
「女子全員のご推薦とは、お前学校でえらくモテるんやな」
「びっくりだろ? 俺ってけっこうモテるんだぜ。自慢じゃないがお姉さま方がぜひ俺の晴れ姿をご覧になりたいんだと」
「ふ〜ん…」
 胸をぴりっと張って鼻高々で言ってやると、珱は気の抜けた返事を投げて寄越した。単に思いついたから言ってみただけって感じの素っ気ない口調が、どうにも引っ掛かる。面白くない。
「妬ける?」
「まさか」
 敵は余裕で微笑んだりなんかして、まるで相手にしちゃいない。思わずムキになって身を乗り出した。
「先輩を差し置いてのご指名なんだぜ。ちょっとすごくねぇ、俺? 惚れ直したりなんかしねぇ?」
 我ながらバカっぽいと思ったら、珱はもっとそう思ったみたいだ。あきらかに『アホか』と目で言って、ヒョイと肩を竦めて見せた。
 なんか、やっぱ、ちょっと、ムカツク…。
「大マジの正統派悲恋物語だぜ。相手役の先輩がまたきれいなヒトでさ。ゴマキ似の」
 女の子の固有名詞に珱がわずかに反応する。
 一瞬の間があって、
「ゴマキ…って、ダレ?」
 俺の目をじっと見つめながら、眉間をさらに深く寄せた。
「…ああ、あのやたらたくさんいる女の子アイドルな」
 ハイハイ分かった、今分かったとばかりに首を振る。
 そうだった、アイドルとか芸能人とかに一切興味のないお前にゴマキがすんなり通じるはずがなかったよ。しかもとっくの昔にソロになったことを知らないと来てる。
 とかいう以前に、納得する箇所がどうも俺が意図したところとズレてるような気がしないでもないのは気のせいか?
 俺だって別にゴマキが好きってわけじゃなく、アイドル似のきれいなおねーさんが相手役だってことを強調して、ちょとばかり珱に動揺して欲しかっただけだ。ほんの少しでいいから、珱がつまんなさそうな顔でも見せてくれれば。
「ダンスシーンとかあるし、ほら超有名なラストシーンでさ、薬で眠ってるロミオ(俺だよ俺!)にジュリエットが縋りついて泣いちゃったりして、やっぱクライマックスはラヴシーンでしょ」
 台本だってまだ読んでないのに、当てずっぽうもいいとこだ。大体学校の創立祭で掛ける芝居のラヴシーンなんて、言わずもがなだがたかが知れてる。
 でもここまで言ったらさすがの珱だって平気な顔していられるはずがない。っていうかこれでも平然としていられたら、マジで愛を疑うよ俺は。
 と、思った、んだけど……。
 俺はまだまだ甘かった。珱という男を理解っちゃいなかったってワケだ。
 さぁどうだとばかりにふんぞり返った俺に叩き付けられた珱の返事は、あくまでもすっとぼけたモノだった。
「ゴマキ似やったらカワイイんやな。役得やんか。ガンバレよ」
「ああそうかよ、お前も応援してくれるわけ。そりゃーよかった!」
 切れたね、この瞬間に。脳細胞を走る大事な血管の2、3本がぷっつりと。俺は目尻に涙を浮かべながら、力一杯叫んだ。
 珱がこういうヤツだってコトはよぉく知ってるつもりだったけど、こうもあっさり返されるといくら打たれ強い俺でもさすがにヘコむ。
 泣いて駄々を捏ねてくれとは言わないが、もうちょっとなんか違う反応があるだろう。
 不機嫌になるフリくらいしてくれたっていいんじゃねぇか?
 愛が足りないとは思わねぇか?
 言えば言うほど自分が空しいぜ、チクショウ。
「明日っから練習で忙しくなるから、当分ここには来れないかもな。何せ主役だしっ」
 『主役』の部分に思い切り力を入れてみたところで、所詮はただの空しい見栄だった。最低最悪の気分だ。しかも言い終わる前に後悔し始めてるんだからどうしようもない。
 突然ぶち切れた俺の剣幕に驚いたのか、珱の表情が一瞬固まったのが見えたけど、こうなったらもう引っ込みがつかない。勢いに任せて叫ぶと、俺は珱の腕を振り解いてガバッと立ち上がった。
 そのまま振り返りもせずに猛然と玄関へダッシュ。ドアを突き破る勢いで表に転がり出て、非常階段を駆け下りた。


 目前に現れた見慣れた道路と向かいの家の塀と屋根。低く唸る蛍光色の外灯と、少し先には人気のない公園。夜もすっかり更けた住宅街の真ん中は通行人どころか、野良猫一匹見当たらない。こんな時間に外に出るマヌケ目掛けて容赦無く吹き付ける風の音はやたらと大きく、急に寒気が襲ってきた。
 折しも季節はすでに冬。時間は真夜中、おそらく気温は一桁だろう。
 上着も部屋に置きっぱなしで部屋を飛び出した大馬鹿者には、吹きすさぶ寒風が心底骨身に染みた。




*




 マンションの明かりを背にとぼとぼ歩いているうちに、近所の公園の入り口まで来てしまった。
 この公園は珱と付き合い始めた頃、しょっちゅうふたりで来てた場所だ。
 昼間は人が多くて賑やかなのに、夜中になると急に人気が無くなるから俺たちには好都合…じゃなく何となく珱が落ち着くみたいで、ここでぼーっとするのが好きだったから。
 自分の足音に耳を澄ましながら、夜の舗道をひたすら歩いた。他に足音も、もちろん人の気配も無い。ということは後ろを追い掛けてくる人間はいないってコトで。…ま、こんなもんでしょうよ……。
 がっくり肩を落としてため息を吐く。俺はまた少し背が低くなったように感じる並木を見上げながら、公園の敷地に足を踏み入れた。


 顔を上げて見渡すと、夜の公園は記憶より少し狭い気がした。入り口から10メートルほど進んだ先に水飲み場が見える。そのまた向こうの花壇の前に、俺たちのいつもの指定席が見えた。
 あのマンションの部屋を兄貴が使ってた頃も必ず前を通ってたはずなのに、その時は公園に立ち寄ろうなんて考えたこともなかった。
 あれはいつのことだっけ? 初めて珱とここに来たのは。
 しばし立ち止まって記憶を辿る。

 ―――――そうだ、思い出した。あれは三年前のクリスマス前……ちょうど今くらいの時期だ。
 俺が珱より年下だってコトがバレてひとりで焦っちゃって自転車で転けて。珱はケガをした俺の手を引いてこの公園に入って行ったんだ。
 その時珱が言ったんだっけ。あれ、それともその前だっけか? 記憶が何かとごっちゃになってて、よく思い出せねぇや。

 指定席のベンチに腰を降ろして、背もたれに寄り掛かりながら明かりの少ない濃紺の空を見上げる。
 そうそう、『年齢なんて関係ない』みたいなこと言ったんだよな、確か。そんなので俺のことを好きになったんじゃないって、そっぽ向いたまま低ーい声で、怒ってるみたいに。
 いちいち言葉にしなくても、それぐらい解るようになれってさ。
 それから時々こうしてこのベンチに並んで座って、しばらく時間を過ごすようになった。そう言えば、珱が静かな声でぽつりぽつり話すのを、俺が黙って聞いてることが多かった気がする。
 普段はあんまり自分のことを話さない珱が、この公園にいる間はいつもより饒舌になるのが嬉しかった。


 ここでいろんな話をしたっけ。
 俺が学校や友達の話をすると、初めは半分聞いてないような態度を見せた。
 そのくせ俺がすっかり忘れてるような小さなコトを、驚くほどよく憶えていたりもした。
 気の進まない珱を説き伏せて朋和と引き合わせるまでに、どれだけ時間が掛かったことか。
 その帰り道にわざわざここに立ち寄って、さんざん考え込んでからやっと『今度また三人で飯でも食おう』って言い出したのは珱の方だった。

 珱は思ってることを言葉にするのが何より苦手で、手放しで甘えることにまだあんまり慣れてなくて、態度がつい素っ気なくなる。
 俺は珱が拗ねてるんだか怒ってるんだか平気なんだかが全然読めなくて、判断を間違えては行き違う。
 まだまだ俺は分かってない。珱も俺を分かってない。上手く伝わらなくてもどかしくて、時に生身の自分を思い切りぶつけてしまって、後でやっぱりちょっぴり後悔…したりなんかして。
 ―――――あ、なんか無性に顔を見たくなってきた。

 何でも通じ合ってると鷹を括って、判ってもらえないからと言って拗ねて怒り出すなんて、高校生にもなった男のする事じゃない。偉そうなコト言って甘えさせてやってるつもりで、ホントに甘えてるのは俺の方だ。
 頭を冷やして落ち着いて考えてみれば解ることだ。珱が関心なさそうな顔を見せるのは分かり切ってたはずだろ。
 たとえ相手が俺であっても、珱は弱味を他人に悟らせないよう必死で自分を隠そうとする。もし少しでも気分を害していたりしたら尚更だ。

 相手の知らないことや解らないことは、まだまだお互いに、数え切れないくらいある。
 俺が珱の心の変化に気づかず流れていくこともあるし、たまたま気がつくとむちゃくちゃ嬉しいって、それだけのこと。珱の気持ちも中身も、何ひとつ変わる訳じゃない。
 珱はそういうヤツ。お互いの機嫌を量りながら、たまに甘えたり甘えられたりするのがどうにも心地良い存在だってコトにも変わりはない。

 そっと近づいて来る足音に向かって呼び掛けた。
「なぁ? …そうだろ、珱?」
 ピタリ、と足音が止む。息を詰める気配。じっとこっちを伺ってる。
 タイミングを図ってるのか、……それとも笑いを堪えてるのかな?
 離れた所でしばらく立ち止まった後、気配が動いた。俺が腰掛けているベンチに向かって歩き出す。ほどなく外灯の青白い光を遮るように、目の前をひゅるっと細長い影が覆った。
「…何が、そうなん?」
「や、…お前ってホンっト素直じゃねぇな、と思ってさ」
 違います、素直じゃないのは俺の方。そんでもってホントに、力いっぱい大馬鹿モノです。
 見上げると真っ黒の大きな瞳が俺をじっと見下ろしていた。
「風邪引くぞ…」
 ふわりと肩に掛けられたジャケットを掴んで、どさくさに紛れて珱の手首も一緒に掴む。そのままぐっと引き寄せて、無理矢理隣に座らせた。
 そうだな、涙も一瞬で凍るくらいめちゃくちゃ寒いぞ。夜中だし、真冬だし、それに……
 隣にいるはずのヤツがいないと、いつまで経ってもあったかくなんかならねぇんだよ。

 体を捻って抱き寄せると、少し間があって、珱はゆっくり俺に体を預けてきた。ちょっと体を固くしたけど珍しく抵抗しないのは、なぜなんだろう。
 他の女の子に妬いてくれないのが、どうだって言う?
 素直じゃなくてもぶっきらぼうでもムカツクくらいクールでも、珱がこうして素直に寄り掛かってくるのは俺だけだ。それが解ってれば充分だろ。

 穏やかに繰り返す珱の呼吸を感じながら、掌を重ね合わせてギュッと握る。
 珱が隣にいなくなると途端に身体が寂しくなる。こうして寄り添っていると、寒さなんか感じなくなるくらい心も体も一気に熱くなっていく。
 こういう時本当に珱の存在の大きさを感じる。すごい威力だと思う。身体で受け取っている感覚なんか、ものともせずに飛び越えて行くんだから。

 しっかり握り込んだ指先から珱の体温が少しずつ流れ込んで、最後まで冷え切ってた俺の掌がようやく温もりを取り戻し始めた。




*




「マジで明日からちょっと忙しくなるから、帰りこっちに寄れなくなるかも。ごめんな」
 言うと、珱がゆっくり首を振った。
「あとで当日のスケジュール教えろよ。上演時間に合わせてお前んとこ、行くから」
 思いもかけないコトを言い出すから、俺は自分の耳を疑った。
「まさか、と思うけど、舞台…観に来るのか?」
「…アカンのか?」
 珱が怪訝そうに眉を顰めた。
 ダメじゃないけど…そうでなくても珱は人の大勢集まる所が…特に『学校』って場所が未だに苦手なはずだ。自分から学校に来ると言い出したことが信じられなかった。
「学校、来られるのかよ。平気か?」
「お前んとこなら平気…」
 珱は考え込むように少し黙って、「…たぶん、」と頼りなく言い足した。それからふと思いついたように「俺には観られたないか?」なんて聞き返す。
「いや。お前が平気ならそれでいいよ。来いよ、待ってる。…その代わり、」
 ン?と問い返す瞳を見つめながら顔を傾けると、瞼を閉じる前に唇が重なってきた。
 ゆっくり探るように触れてくる唇の動きに陶然となる。啄むように軽く歯を当てたり、舌で丁寧に唇の表面をなぞったり。いつのまにこんなキスが出来るようになったんだろう。
 珱がこんなにも積極的になるんなら、たまに怒ったフリをしてみせるのも悪くないかも、なんて不届きな考えがチラッと浮かぶ。
 大人しくキスを受けながらこんなことを考えてるってバレたら、やっぱマズいよな。
「舞台上で知らない女の子とこんなことしてても、怒んなよ?」
「ホンマにそんなシーンがあんのか?」
 黒く大きな瞳がぱちっと開いた。少しだけ声が大きくなる。吹き出すのを我慢してるのか、泣き笑いのような表情が覗いた。
「それは、ちょっと、…自信ないかも。まぁ覚悟しとけよ…」
「バッカ、ウソだよ。んなわけないじゃん」
「あ、そうなん? びっくりした…」
 ぽつっと言って、わずかに表情を緩ませる。
 あれ、……珱ってば今、ちょっと本気でホッとしてなかった? すぐに笑顔を引っ込めちまったけど。
 ま、いいか。そんなことどっちでも。
 単なるリップサーヴィスだとしても、嬉しいものはやっぱり嬉しい。つくづくお手軽な俺なのだ。

 大いに満足してもう一度キスをせがむと、つれないコイビトはまた笑って、チュッと触れるだけの優しいキスをくれた。



END


コドモな斎を意識して書いたら、際限なくガキんちょになってしまいました…。
いつも懸命に『パパ犬』になりなさい、今すぐなるのよっと言い聞かせているだけに、ちょっと救われた気分?
高校時代の斎を書くのは楽しいです。限りなく中途半端で、めいっぱい背伸びして。
足りない部分に迷い迷いながら、いつか誰もが見惚れるイイ男になってくれよ〜と思っているのです。


CLOSE